相続

相続法改正⑦遺産分割前の財産処分の取扱いに関する改正

今回は、本相続法改正の中では少し理解の難しいものの一つ、「遺産分割前の財産処分についての取扱いに関する改正」についてお話させていただきます。

 

1.遺産分割前の財産処分の取扱いに関するこれまでの問題点

 相続が始まって、法定相続人全員で遺産分割協議を行う場合、これまでは「遺産分割協議時に存在する財産のみ」が遺産分割の対象になるとされていました
例えば、父親が亡くなって、相続人は子供3人であった場合の遺産分けのシーンを想像してください。
父親は4500万円を預貯金として遺したとします。この預貯金4500万円がちゃんと保管され、遺産分割協議の中で話合われたら一番いいのですが、もし、父親の預貯金から長男が相続後にこっそり1500万円を遺産分割前に引き出していた場合、その後の遺産分割協議上で対象となる財産は、あくまで3000万円となるのです。
仮に、遺産分割の場で預金を勝手に引き出した長男が残りの3000万円について自己の相続分を主張した場合、遺産分割という場面だけで考えると、長男の法定相続分である1000万円が別で認められる可能性があるという問題点がありました。
これを聞くと、「そんなことが認められることなんてあるの??」と反論が聞かれるかもしれませんので、更に具体的な状況をイメージしていきましょう。
長男が1500万の出金について自己の関わりを認めず、残りの遺産について取り分を主張してきた場合、次男、三男からすれば納得できるはずもありません。
したがって、この場合、手続きは家庭裁判所での遺産分割調停や遺産分割審判に移行することとなるでしょう。
このときに、遺産分割の対象となる財産が「遺産分割時に存在する財産のみ」であることの意味が現れてきます。
遺産分割調停においては、どれだけ不当な相続後の出金があったとしても、長男本人が認めない限り、それは別途の訴訟による解決(長男に対する不当利得返還請求や損害賠償請求など)に委ねることとし、残余の財産のみ(ここでは3000万円)を対象として裁判所は審判しなければならないとされていたのがこれまでの実務でした。
また、家庭裁判所がこの状況下の中で遺産分割審判を行う際には、分割前の不正な出金を考慮して長男の取り分を決めることは許されず、各法定相続分の内容で審判が下りてしまうのです。
もちろん、相続前の出金であれば特別受益として算定の基礎として審判に組み込むことは可能です。ここでは相続後の不明な出金ですので特別受益の問題にもならないのです。
したがって、本事例では、3000万の残余財産について長男に対し、法定相続分に相当する1000万円の取り分が認められる可能性があるのです。
上記事例で、不正な出金を相続後にそもそも行う事ができるのか?という疑問も生じるでしょう。現実には可能です。
例えば、通帳やキャッシュカードの管理を長男が行っているような場合、口座が凍結される前であればキャッシュカードを利用して自由に出金することができます。
また、口座が亡くなった父親名義でないこともあります。いわゆる「名義預金」の場合です。
もし、長男名義の口座で父親が自らの財産を管理していたような場合、それが名義預金であることを長男が理解していたとしても、相続後に勝手に解約することも手続き上簡単にできてしまうのです。
上記ケースにおいて、審判で事実上1000万円もの取り得が長男に認められたわけですが、もちろん次男や三男がそれを認めたくない場合は、別途民事裁判によって長男に対し請求はできます。
しかしながら、その二重の手間にかかる弁護士費用は訴える側の負担となり、仮に判決を取ったとしても、その段階で長男が無資力に陥っていれば現実に回収出来ない可能性もあります。
通常の相続の場面では、なかなか無い事かもしれませんが、いざそういった状況になった場合、これまでの実務では、不利益を受けた相続人側に過大な負担を強いることとなり適当でないという問題点がありました。

2.遺産分割前の財産処分の取扱いに関する改正内容

 改正相続法では、遺産分割前の財産処分について以下のように規定しています。

「(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)
民法第906条の2
1.遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
2.前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。 」

 第1項については、これまでどおり「相続人全員」の同意があれば先の出金も含めて遺産分割の対象にできるというものであり、今回の改正で注目すべきは第2項です。
  本来、相続人全員の同意が必要であったことが、当該財産処分に関与した相続人以外の同意があればよいとされたのです。
  現実的に、遺産分割調停において、財産処分に関与した相続人の同意を得ることは難しいため、第2項があることで、今後より共同相続人の大多数の意見を反映した柔軟な審判を行うことが家庭裁判所には可能になり、逆に同意不要とされた相続人がこの審判を不当と思えば別の民事裁判等で争うことになります。

3.勝手に遺産分割できるわけではないことにご用心

 今回の改正によって、紛争が減るというわけでは決してありませんが、不利益を受けた相続人側に過大な手続き負担を強いてきた実態が是正されることとなり、今後、この規定が抑止力となるといいかと思います。
 しかしながら、決してこの規定は万能ではなく、例えば相続人間の協議だけで上記規定にしたがって、財産処分に関与した相続人以外の相続人全員の遺産分割協議書を作成して署名捺印して手続きをしようとしても、任意にその書類で手続きを行う事はできません。
あくまで、遺産の範囲を決めるに当たって、当該相続人の同意を要しないということにとどまり、遺産分割協議が他の相続人全員の合意で成立するわけではないからです。
結局、裁判所を経由せず任意に手続きを進めるには全員の合意は必須であり、今回の改正は、紛争になった際に柔軟な解決ができることにとどまることに注意が必要です。

 尚、遺産分割前の財産処分についての取扱いに関する改正については、2019年7月1日より施行が決定しています。

この記事を書いた人
しいば もとふみ
椎葉基史

司法書士法人ABC
代表司法書士

司法書士(大阪司法書士会 第5096号、簡裁訴訟代理関係業務認定第612080号)
家族信託専門士 司法書士法人ABC代表社員
NPO法人相続アドバイザー協議会理事
株式会社アスクエスト代表取締役
株式会社負動産相談センター取締役

熊本県人吉市出身、熊本高校卒業。
大手司法書士法人で修行後、平成20年大阪市内で司法書士事務所(現 司法書士法人ABC)を開業。
負債相続の専門家が、量においても質においても完全に不足している状況に対し、「切実に困っている人たちにとってのセーフティネットとなるべき」と考え、平成23年に相続放棄専門の窓口「相続放棄相談センター」を立ち上げる。年々相談は増加しており、債務相続をめぐる問題の専門事務所として、年間1400件を超える相談を受ける。
業界でも取扱いの少ない相続の限定承認手続きにも積極的に取り組み、年間40件程度と圧倒的な取り組み実績を持つ。

【 TV(NHK・テレビ朝日・フジテレビ・関西テレビ・毎日放送)・ラジオ・経済紙等メディア出演多数 】

■書籍  『身内が亡くなってからでは遅い「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)
 ■DVD 『知っておくべき負債相続と生命保険活用術』(㈱セールス手帖社保険 FPS研究所)

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