認知症リスクに備える任意後見人制度とは

生前対策

認知症リスクに備える任意後見人制度とは・メリットとデメリットを解説

2020年の統計によると日本人の平均寿命は、男性81.64歳、女性が87.74歳と過去最高を更新したそうです。寿命が延びることは喜ばしいことではありますが、一方で高齢者が増えるにつれ、認知症の患者数も増加しています。
生命保険文化センターが実施した「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」の推計によると、2020年時点で65歳以上の6人に1人程度が認知症であり、今後さらに増えることが予測されています。

任意後見人制度は、今や誰もがなる可能性のある認知症のリスクに備える手段の一つです。しかし、任意後見制度という言葉を耳にしたことがあっても、具体的にどのような制度かはよくわからないという方も多いのではないでしょうか。

今回は、任意後見制度の概要、任意後見制度の利用方法と効力発生までの流れ、任意後見制度のメリット・デメリット、任意後見制度に関する注意点などについて解説します。

1.任意後見制度とは

まずは、任意後見制度の概要や、法定後見人制度との違いについて説明します。

(1)任意後見制度の概要

認知症などにより判断能力が衰えると、財産の管理、福祉や介護のサービスを受ける際の契約の締結、遺産相続の際の遺産分割協議への参加などが難しくなるケースがあります。
成人で認知症・精神病・知的障害などの事情から、判断能力が不十分な方が不利益を被らないように保護し、法的なサポートを行う制度を成年後見制度といいます。
任意後見制度は成年後見制度の一つで、判断能力のある間に今後本人の判断能力が衰えた時の成年後見人となる人物を自身で定め、任意後見契約を結ぶ制度です。
成年後見人になれるのは親族だけではありません。友人や知人、弁護士や司法書士などの専門家等の第三者でも成年後見人になることが可能です。

(2)法定後見人との違い

成年後見人には、任意後見人以外に、法定後見人という種類があります。
法定後見人制度は、本人の判断能力が不十分となった後で、裁判所が成年後見人を選任する制度です。

法定後見人制度の場合、任意後見制度と違い、本人や配偶者等の親族が成年後見人を選ぶことはできません。司法書士や弁護士などの法律の専門家が選任されるケースが7割以上と多く、配偶者などの親族が選任されるケースは3割以下と少ない傾向にあります。

2.任意後見制度の利用方法と効力発生までの流れ

任意後見制度を利用するためにはどのようなことが必要なのでしょうか。任意後見制度の利用方法と、効力開始までの流れについて説明します。

(1)契約内容を決める

まずは、本人が誰に任意後見人を依頼するかと契約内容について決めます。
この時点では、本人の判断能力が十分であることが求められます。契約は判断能力がある状態でしか結ぶことができないからです。

(2)公正役場で契約書を作成する

契約内容と受任者が決まったら、正式に契約書類を作成します。
任意後見契約書は、必ず公正証書で作成しなければなりません。公正証書とは、公証役場の公証人が作成する文書のことです。公正役場で公証人が作成した契約書が法務局に登記されることにより契約締結となります。
しかし、契約締結時には本人の判断能力は十分であるため、この時点では契約の効力は発生しません。

(3)家庭裁判所に申し立てを行う

契約の効力を発生させるためには、本人や家族、任意後見受任者が、本人の判断能力が低下したと判断した時点で、本人の住所地の家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。申し立てを行うことができるのは、本人、配偶者、四親等以内の親族、任意後見受任者です。
その後、家庭裁判所の審判を経て、任意後見監督人が選出され、任意後見契約の効力が発生します。

3.任意後見制度のメリット・デメリット

任意後見制度にはどのようなメリットとデメリットがあるのでしょうか。

(1)任意後見制度のメリット

任意後見制度の最大のメリットは、自分で成年後見人を選ぶことができるということです。任意後見制度を利用することにより、認知症になった時などに、裁判所が選出した見ず知らずの人間を後見人にされることを避けることができます。

また、法定後見人とは異なり、任意後見契約の場合、契約内容の範囲や相手への報酬などを自分で自由に設定することができます。また、介護や医療についての自らの希望を契約内容に盛り込むことも可能です。

(2)任意後見制度のデメリット

デメリットとしては、法定後見人に比べ権限の範囲が狭いということが挙げられます。取消権(契約を取り消す権利)がないため、被後見人が不要な契約を結んでしまった場合に、その契約を取り消すことができません。
契約書を公正証書で作成する必要があることや、効力を発生させるためには申し立てが必要など、手続きが複雑という点もデメリットといえるでしょう。

また、前述した通り、任意後見人には任意後見監督人が必ず付けられます。任意後見監督人に対しても報酬を支払う必要があり、報酬額は家庭裁判所が審判によって決定します。概ね月1~2万円程度であることが多いですが、任意後見契約が終了するまで支払い続ける必要があります。

4.任意後見制度の注意点

任意後見制度を利用する際は、以下の点に注意が必要です。

(1)判断能力があるうちしか契約できない

任意後見制度を利用するためには、任意後見人となる方と本人が任意後見契約を結ぶ必要があります。法的な契約を締結するためには、十分な判断能力が必要となります。つまり、判断能力が低下してからでは遅いということです。
もし、あなたやあなたのご家族が任意後見制度を利用したいと考えているのであれば、先延ばしにせずにできるだけ早期に契約を結んでおいた方が良いでしょう。

(2)効力を発生させる必要がある

任意後見制度は、契約しても申し立てがなされなければ効力が発生しません
判断能力の低下に本人が気づくことができれば良いですが、本人だからこそ気付けないケースも珍しくないでしょう。同居の家族や定期的に連絡を取り合っている親族がいれば、本人の代わりに申し立てをしてもらえる可能性は高いでしょう。しかし、一人暮らしで親しい親族がいない場合などは、事前に準備していたのにいざ必要な状態になった時に申し立てができず、任意後見契約の効力を発生させられない可能性があります。
そのような事態を避けるためには、任意後見契約と同時に見守り契約を結んでおくとよいでしょう。
見守り契約とは、定期的に電話や訪問により連絡を取り合うことで、本人の健康状態や判断能力について確認し、安心した生活を送るためのサポートをする契約のことです。任意後見契約の受任者と見守り契約を結んでおくことで、必要になった時に確実に任意後見契約の効力を発生させることが可能となるでしょう。

(3)死後事務契約や家族信託契約が必要なケース

任意後見契約には、亡くなった後の葬儀や納骨、遺品処理などの死後事務作業は含まれていません。
死んだ後の事務処理を任せられる家族がいる場合は問題ありませんが、いない場合は、死後の事務作業のことについても考えておく必要があります。
死後事務委任契約についてはこちらの記事で解説しましたので、詳しく知りたい方は参考にして下さい。

参考記事:独身高齢者必見!おひとりさまの終活? 「死後事務委任契約」

また、賃貸不動産などの資産をお持ちの方の場合、任意後見人契約では契約者が医療や介護サービスを受ける費用が不足した時に売却することしかできません。またその際は、家庭裁判所の許可が必要となります。
賃貸不動産が老朽化して建て替えやリフォームが必要になった場合でも、任意後見人の判断で建て替えやリフォームを行うことはできません。
賃貸不動産などの資産をお持ちの方は、財産の管理を第三者に委託する家族信託(民事信託契約)を利用することをおすすめします。

家族信託についてはこちらの記事で解説しましたので、詳しく知りたい方は参考にして下さい。

参考記事:認知症になる前に家族信託を契約する意義・軽度の認知症なら契約可能?

5.任意後見制度の費用

任意後見制度を利用する際は、主に以下のような費用がかかります。

①契約書作成費用
  • 公正証書の作成手数料:11,000円
  • 登記嘱託手数料:1,400円
  • 印紙代:2,600円
  • その他:数千円程度

契約締結に弁護士や司法書士等の専門家を介した場合、上記の実費以外に着手金や報酬等の費用がかかります。こちらの費用については、各事務所によって異なります。

②申立ての際の費用
  • 必要書類取得費用:3,000~10,000円程度(必要書類の枚数によって異なる)
  • 収入印紙・切手代:5,000円程度
  • 医療機関による診断書作成費用:5,000円程度(医療機関によって異なる)
  • 精神鑑定が必要とされた場合:5~10万程度(精神鑑定が行われるケースは全体の1割以下)

申立てを弁護士・司法書士などに依頼した場合、上記の実費以外に着手金や報酬等の費用がかかります。こちらの費用については、各事務所によって異なります。

③任意後見人の報酬と事務費用

任意後見人の報酬は、契約によって定められます。親族の場合はケースバイケースですが、専門家に依頼する場合の相場は月2~6万円程度といわれ、管理財産額が大きくなるほど報酬も高くなる傾向にあります。
任意後見人に対する報酬と事務費用は、本人の財産から支払われることになります。

④任意後見監督人への報酬

任意後見監督人の費用については、月1~2万円程度であることが多いです。ただし、こちらも管理財産額が大きいほど高くなる傾向があります。こちらの報酬は、家庭裁判所によって定められ、任意後見人の報酬と同様に本人の財産の中から支払われることとなります。

6.任意後見制度に関する相談先

任意後見制度に関する相談先としては、自治体の成年後見制度に関する相談窓口や法律事務所が挙げられます。
任意後見契約は専門家の手を借りずに自力で行うことも可能ですが、契約内容をどのように決めれば良いか分からない方や、契約書作成を専門家に任せたいという方は弁護士や司法書士等の法律の専門家に相談することをおすすめします。

まとめ

今回は、任意後見制度の概要、任意後見制度の利用方法と効力発生までの流れ、任意後見制度のメリット・デメリット、任意後見制度の注意点、任意後見制度の費用、相談先などについて説明しました。

任意後見制度は、認知症になった時に自分自身と家族を守るための制度です。あなたやあなたのご家族が認知症になるかは誰にもわかりませんが、なってしまってからでは遅いのです。将来認知症になることが心配だという方は、安心のためにも任意後見制度の利用を検討してみてはいかがでしょうか。

この記事を書いた人
しいば もとふみ
椎葉基史

司法書士法人ABC
代表司法書士

司法書士(大阪司法書士会 第5096号、簡裁訴訟代理関係業務認定第612080号)
家族信託専門士 司法書士法人ABC代表社員
NPO法人相続アドバイザー協議会理事
株式会社アスクエスト代表取締役
株式会社負動産相談センター取締役

熊本県人吉市出身、熊本高校卒業。
大手司法書士法人で修行後、平成20年大阪市内で司法書士事務所(現 司法書士法人ABC)を開業。
負債相続の専門家が、量においても質においても完全に不足している状況に対し、「切実に困っている人たちにとってのセーフティネットとなるべき」と考え、平成23年に相続放棄専門の窓口「相続放棄相談センター」を立ち上げる。年々相談は増加しており、債務相続をめぐる問題の専門事務所として、年間1400件を超える相談を受ける。
業界でも取扱いの少ない相続の限定承認手続きにも積極的に取り組み、年間40件程度と圧倒的な取り組み実績を持つ。

【 TV(NHK・テレビ朝日・フジテレビ・関西テレビ・毎日放送)・ラジオ・経済紙等メディア出演多数 】

■書籍  『身内が亡くなってからでは遅い「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)
 ■DVD 『知っておくべき負債相続と生命保険活用術』(㈱セールス手帖社保険 FPS研究所)

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