家族や親戚の死亡により相続が発生すると、相続財産調査や遺産分割協議を経て遺産相続手続きを進めます。
しかし、相続財産には借金や税金の滞納などが含まれている場合もあり、プラスの財産よりもマイナスの財産が多いケースでは相続放棄手続きを選択する方がほとんどです。
このように負債を相続したくないという理由で相続放棄を選択する方は多いのですが、それ以外の理由で相続放棄手続きを選択する方もいらっしゃいます。たとえば
「疎遠な親戚の相続に関わりたくない」
「財産を受け取る必要がないため相続放棄をする」
というケースです。
相続放棄手続きは家庭裁判所へ申立てる法的な手続きで、必要書類とともに相続放棄申述書を作成し提出します。相続放棄申述書の理由を記述する欄や、申述後に裁判所から送られてくる照会書には、相続放棄をする理由について回答する項目があり、相続放棄手続きを申立てるに至った理由や経緯を正確に記述し説明しなくてはなりません。
相続放棄申述書の理由欄はどのように記述するとよいのか、詳しく解説します
【 目次 】
1.相続放棄申述書の理由欄の書き方
相続放棄申述書は前述の通り法的な手続きである相続放棄について家庭裁判所へ提出する書類であるため、虚偽なく正確に記述しなくてはなりません。相続放棄申述書には次のような記述項目がありますが、特に難しい内容のものはありません。
相続放棄は相続人本人が自身の意思で相続放棄をすることを相続人本人に確認することが主な目的ですので、放棄する理由について追求され、そのために相続放棄が受理されないということは原則としてありません。
記述項目の中で特に注意が必要なのは「相続の開始を知った日」です。
相続放棄申述は相続の開始を知ってから(相続人であることを知ってから)3ヶ月以内に家庭裁判所へ申し立てる必要がありますが、この「相続の開始を知った日」が3ヶ月の熟慮期間の起算日になります。
そのため、こちらは正確に記載する必要があります。
【 相続放棄申述で記述する主な内容 】
申述人 | 氏名・本籍・住所・電話番号・生年月日・職業・被相続人との関係 |
被相続人 | 氏名・本籍・最後の住所・最後の職業・死亡日 |
法定代理人 | 住所・氏名・電話番号、親権者または後見人を選択 |
申述の理由 | 相続の開始を知った日を記述し、死亡日当日・死亡通知日・先順位相続放棄を選択 |
申述の理由 | 6つの項目から選択する。「その他」の場合は理由を記述 1. 被相続人から生前贈与を受けたため 2. 生活が安定しているため 3. 遺産が少ないため 4. 遺産を分散させたくないため 5. 債務超過のため 6. その他 |
未成年者が相続放棄をする場合は、申述人欄には法定代理人氏名の署名・押印をします
未成年者の場合は原則として親が代理人となりますが、親は相続をして子が相続放棄をする場合は利益相反とみなされるため特別代理人を選任します。
2.マイナスの財産の方が多い
相続放棄の理由として、多くの人が相続財産にマイナスの財産が含まれるということを挙げています。
借金はもちろん、税金の未納や連帯保証債務などもマイナスの財産になります。特に被相続人が自営業を営んでいた場合、融資を受けていることはよくあります。仕入れ代金を支払っていないケースも考えられますので、十分に財産調査をした上で判断すべきでしょう。
マイナスの財産があってもプラスの財産が多くある場合は相続をする、という方はいらっしゃいます。
しかし、不動産など一見資産と思えても価値がないケースや、相続手続きが終わった後に多額の借金が発覚するということも考えられます。一度相続手続きを開始している場合、負債が発覚したからという理由で相続放棄をする、ということはできません。
被相続人にカードローンなどの借り入れが発覚した場合、今現在判明している以外の借金があるという可能性を考慮しておくべきでしょう。マイナスの財産をカバーできるほどの多額のプラスの財産がない限りは相続放棄も検討すべきでしょう。
3.遺産が少ない
プラスの遺産が少ないと理由でも相続放棄はできます。
ただ、遺産が少ないという理由で相続放棄をする背景には、相続人の生前の生活状況より判断し、「のちに借金や連帯保証債務が発覚した場合、負債を背負いたくない」といった理由もあるかもしれません。
少額であっても相続財産を受けとると相続をしたことになります。プラスの財産がほとんどない場合は、借金がないとしても相続放棄をして、将来発生するかもしれないリスクを回避することも一つの方法だといえます。
4.遺産を分散させたくない
遺産を分散させたくないという理由で相続放棄をするケースは少なくありません。
例えば以下のようなケースです。
- 兄弟姉妹のうち妹が一人で親の介護を長年していたため、妹へ全財産を相続させたい
- 兄が父の事業を引き継ぐことなったため。自社株や店舗など父の財産を集中して相続してほしい
遺産を分散させない手段としては以下のような方法があります。
- 相続する人物を除いた他の相続人が相続放棄をする
- 遺産分割協議で一人の相続人に相続財産を集中させる
- 相続をした後に、遺産を集中させたい相続人へ財産を譲渡する
一般的には遺産分割協議もしくは相続放棄手続きを利用して財産の分散を防ぎます。
この二つの方法での大きな違いは被相続人の負債‘(債務)に関する請求の有無です。
遺産分割協議では一人の相続人へ財産を集中して相続させる内容で合意できれば分散せずにすみます。
財産を引き継ぐ人物以外の相続人が「遺産を相続しない」ことに合意できれば良いのです。
ただし、遺産分割協議は相続人間での合意であり、第三者へは通用しません。負債がある場合や後に負債が発覚した場合などは、遺産放棄をしており財産を相続していない場合でも相続人であることには変わりません。そのため、債権者から被相続人の負債を支払うように請求されます。
負債を含む財産全てを一人の相続人へ集中させたいときは、相続放棄を選択すべきでしょう。
5.何年も前に絶縁した
親や兄弟姉妹、親戚など、血の繋がりのある自然血族は法的に解消することはできません。
たとえ絶縁状などを作成していたとしても法的効力はなく、相続人であることは変わりません。そのため、相続に一切関わりたくない、相続財産を受け取りたくないという理由で相続放棄をすることは認められます。
絶縁している場合、時間が経過してから相続人になったことを知るケースが多いと思いますが、その場合でもご自身の開始を知った日が起算日になりますので、「申述の理由」の相続の開始日は注意して記述しましょう。被相続人の死亡から3ヶ月経過していたとしても、相続の開始日を知った日から熟慮期間内の申述であれば相続放棄手続きが認められる可能性は十分にあります。
6.長期に渡り音信不通で疎遠状態
被相続人と長期に渡り音信不通で疎遠であるということを理由として相続放棄をすることは可能です。
どのような生活をしていたのかわかりませんし、財産状況なども把握できず、そのまま相続することは危険だといえます。一見マイナスの財産が見当たらずプラスの財産が多いように見えても、後に連帯保証債務が発覚する可能性もあります。
音信不通でなくても、あまり連絡をとっておらず付き合いのない親族や、疎遠状態の親戚の相続は、後に借金が発覚して負債を背負う可能性も考えられますので相続放棄を検討すべきでしょう。
もし、疎遠な親戚の相続をする場合は被相続人の財産を十分に調査し、後に借金や保証債務が発覚する可能性もあることも承知の上で相続しなければなりません。
7.親族と一切関わりたくない
親族と関わりたくない理由も様々あると思いますが、関わりたくないので相続放棄をするということは可能です。
一見曖昧な理由であるような印象を受けますが、相続放棄はご自身の意思があることが一番重要です。親族と一切関わりを持ちたくないということも、相続放棄をする十分な理由になります。
8.生活が安定しているため不要
ご自身の生活が安定しているため財産を受け取る必要がないという理由での相続放棄も可能です。
相続財産に負債がなくプラスの財産しかないとしても、自分以外の相続人に遺産を全て相続してほしい場合に相続放棄を選択する方はいらっしゃいます。
相続放棄手続きでなく、相続財産を受け取らないとする「遺産放棄」によって財産を受け取らないことも可能ですが、相続人であるために遺産分割協議の参加や署名捺印も求められます。また、万が一借金があった場合「相続には関わらないと遺産分割協議で合意している」と主張しても相続人であることに変わりはないため、債権者より相続人であることを理由に被相続人の借金返済を請求されても拒否することはできません。ゆえに、財産を受け取る必要がなく、また相続手続きに関わりたくない場合は相続放棄手続きを検討するとよいでしょう。
ただし、相続放棄が受理され相続人ではないとされた後は取り消すことができませんので、相続放棄の手続きをする際は事前によく検討し様々な状況を考慮して慎重に行いましょう。
まとめ
今回は、相続放棄申述書の理由欄の書き方について詳しく解説しました。
相続放棄申述書は特別難しい書類ではありません。相続放棄をするという本人の意思が一番重要ですので、どのような理由であっても原則として認められます。
裁判所の判断によりますが、疑念をもたれるような状況や事柄でなければ、「相続放棄をする理由」が原因で相続放棄申立てを却下されるということはないでしょう。
また、放棄の理由以外に相続放棄申述書で注意することは、「相続の開始を知った日」を正確に記述し、熟慮期間内に申立てをしていることを明確にすることです。
様々な理由で被相続人の死亡を死亡日当日に知らされず、後日知るというケースはあると思います。そのような場合でも、自己の相続開始を知った日が相続開始の起算日となりますので、丁寧に説明し手続きを進めると良いでしょう。申立て後、裁判所から照会書という質問状が届きますので、申述書に記述した内容と相違のないように回答することで相続放棄が認められる可能性は高くなります。
相続放棄手続きは完了し受理されると取り消すことができず、申立て期限のある法的な手続きです。
また、申述書に添付する戸籍謄本の取得など時間や手間のかかる作業もありますので、実務実績のある司法書士などの専門家へ相談して手続きを行いましょう。