相続

遺言書の預け先を決める際の注意点・信頼できる預け先とは?

年齢を重ねていけば、自ずと考えが及ぶことになる人生の終焉。間近に迫る自分の死を前に、いかに死ぬか、何を成すか、心残りはないか、を考えることは非常に大切なことかもしれません。ただ、それと同等、場合によってはもっと大切なことがあります。それは、残された家族や親族に残すもの、伝えるべきことについて整理しておくことです。いわゆる「終活」ですね。

例えば、預貯金や自宅、それに準ずる財産、いわゆる資産です。「地獄の沙汰も金次第」なんて諺がありますが、結局のところあの世にまで自分の資産を持っていくことはできません。当然、その資産、つまり遺産は家族や親族をはじめとする相続人が相続することになりますが、相続人が複数人いれば、相続人同士の遺産相続をめぐる争いが勃発する可能性があります

自分の死後、愛する家族が自分の遺産をめぐって醜い争いを繰り広げる・・・想像したくもありませんよね。

もちろん自分の資産を一切残さない、という手段を取ることもできます。預貯金であれば所有者自身が生前のうちに全て使い切るか、もしくは弁護士を通じて慈善団体に寄付してしまえば、家族同士の争いの元を断つことができます。しかし、もし家族が争うことなく遺産を適切かつ公平に分割して、幸せな人生を送るならば、それが最も理想的であるはずです。

そのために大きな役割を果たすもの、それが遺言書です。

あなた自身の資産を誰に相続させるか、複数人相続人が存在するならば彼らにどう割り振るか、をあなた自身が決定、それを遺言書に認めます。とりわけ法的効力を有する遺言書は、遺産の扱いについて非常に大きな決定権を持ちます。必然的に相続人は遺言書の記載内容に従って遺産を割り振ることになるため、家族同士の遺産を巡る争いを未然に防ぐことになるのです。

遺言書はそれだけ重要な書類となり得るため、扱いは要注意です。生前の被相続人と有効な人間関係を築くことができなかった相続人が遺言書に自分にとって不利な記載があると考え、遺言書の改ざん、もしくは遺言書自体の破棄を目論む可能性があるためです。

被相続人自身が厳重に保管しておけばいいのですが、あまりに厳重すぎると相続開始時に発見されず、被相続人の意向に沿わない相続がなされてしまうことも考えられます。よって、遺言書は適切な預け先に託すことが最も適切な管理方法の1つと考えられますが、預け先とはどこが最適か。

今回は、被相続人や相続人、遺族にとっても非常に重要な書類となり得る遺言書の預け先について解説いたします。

1. 遺言書の預け先を選ぶ際の注意点

今回は「遺言書の預け先」についてのお話ですが、まず「預ける」以外の選択肢についてお話いたします。つまり、被相続人自身が管理することについてです。

本来、自分で用意した書類を自分で管理することは至極当然のことのように思いますが、遺言書という重要書類の管理に関しては適切とは言えません。遺言書は、作成者本人が亡くなってから法的効力が発揮されるものであるためです。

例えば、被相続人が自身の書斎に保管しておく、とします。二重に封をして、書斎の一角に厳重に保管された遺言書に開封厳禁の文字がしっかりと記載し、書類の重要性を物語るかのようです。

ところが、書斎の一角とは言えあまりに厳重に保管された遺言書は、その存在に気づかれずいつまでも発見されない可能性があります。

逆に、書斎の目につくところに放置してしまうと何らかの拍子で紛失してしまう可能性があります。また、遺言書の存在を疎ましく思う者により遺言書が改ざんされてしまう場合もあります。

そうなると遺言書が存在しない前提で相続の手続きがされ、被相続人の意志が侵害されてしまいます。つまり、被相続人自身が遺言書の管理をすることは適切ではない、ということになります。

以上のことから遺言書は誰かに預けるべきだ、ということになりますが、もちろん誰でも良い訳ではありません。かといって、被相続人の置かれた状況は人により様々であるため一概に誰が良い、ということもできません。ただ、預け先を選ぶ際の注意点はしっかりと覚えておいた方が良いでしょう。

まず、きちんと管理してくれる人かどうか、ということを見極めなくてはなりません。いくら家族であっても、長年付き合っている友人であっても、その人の書類管理能力が低いと預け先としては不適切です。

遺言書を適切に保管、管理する能力を有す、それが遺言書の預け先を指定するための絶対条件となるでしょう。それを踏まえた上で、以下、その可能性がある者について説明いたします。

2. 信頼できる相続人に預ける

まずは相続人に預ける手段について説明いたします。遺言書の預け先としては一般的と言えるでしょう。相続人にとっては、遺言書は自分が被相続人の遺産を相続する法的根拠となる重要書類であり、厳重に管理する必要があります。

遺言書作成者である被相続人と相続人の利害が一致するため、相続人が遺言書を預かることについては適切であることに間違いありません。

ただし、相続人が複数人存在する場合は要注意です。その場合、相続人の中で最も有利な財産取得をする者に預けておき、相続開始後、直ちに相続人が相続の手続きをするよう手筈を整えておくと良いでしょう。

例えば、長年にわたり自分の介護をしてくれた者に有利な相続をさせる、といったことが考えられます。もちろんその者には、遺言書を預かる相続人が遺産を独占しないこと、他の相続人への遺産分割、遺留分のことも話しておかなくてはなりません。

仮に、不利な財産取得をする相続人に預けると、遺言書の中身を改ざんされてしまう、または遺言書自体破棄されてしまうことになりかねません

3. 遺言執行者に預ける

遺言執行者に預けると言う手段について説明いたします。遺言執行者とは、被相続人が作成した遺言の内容を正確に実現させるために必要な各種申請、登録手続きを行なう者のことです。

遺言執行者は、司法書士や行政書士のような法律の専門家でないとなれない訳ではありません。被相続人が選任すれば、未成年者と破産者を除いて誰でもなることができます。ただし、ある程度法的知識が必要な業務であるため法務手続きの専門家に依頼する方が無難でしょう。

では、遺言書を遺言執行者に預けることができるのか、ということですが、もちろんできます。むしろ、遺言書の作成段階から法律事務所に相談し、担当の弁護士に遺言書を作成してもらいそのまま遺言執行者に選任、遺言書も預かってもらうというケースがよくあります。

遺言執行者に選任された弁護士は業務として実施するため、被相続人は、法に準じた形で確実に遺言内容を執行してくれるという安心感を得ることができます。

ただし遺産額に応じた費用が請求されますので、その点は十分考慮した上で依頼するか否かを決めた方が良いでしょう。

4. 親しい友人に預ける

親しい友人に預けるという手段について説明いたします。相続人などではなく、第三者の立場である友人に遺言書を預けることは、利害関係のない客観的な立場という面でメリットはあります。

ただし、遺言書を預かる側に大きな責任を背負わせることになり、また遺言書を紛失してしまう可能性もあるため、あまり適切とは言えないでしょう。

もちろん友人が弁護士のような法律の専門家、もしくは成年後見人であれば、遺言書の預け先としてかなり信頼することができます。

5. 銀行の貸金庫を利用する

銀行の貸金庫に預ける手段について説明いたします。貸金庫であれば、遺言書を紛失することはありませんし、改ざんされる恐れもありません。銀行が厳重に保管してくれるので、これ以上ないほど万全の預け先のように思われます。

しかし、実は貸金庫は預け先として適切ではありません。確かに、これ以上ないほど厳重に保管することができますが、メリットはそれだけです。

貸金庫に保管することのデメリットは、相続が発生した後の遺言書の発見が遅れてしまうことにあります。被相続人が亡くなり貸金庫の中身を確認するためには貸金庫の相続手続きを経なくてはなりません。この手続きには戸籍謄本など数種類の必要書類を準備しなくてはならず、貸金庫の中身を確認するために数カ月を要することもあるのです。

相続人や遺族が貸金庫の中の遺言書の存在を知っていれば、相続の手続きの期間を調整するといった対応が可能となる場合もありますが、仮に被相続人が遺言書の存在を誰にも知らせないまま貸金庫に保管してしまうと、遺言書が発見されず全ての相続手続きが終わってしまうことにもなりかねないのです。

6. 法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用する

法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用する手段について説明いたします。令和2年7月に「法務局における遺言書の保管等に関する省令の一部を改正する省令」が公布・施行されました。これは、それに伴い創設された新制度であり、概要は自筆証書遺言書を法務局に保管するとしたものです。

この制度について説明する前に、まず遺言書の種類について以下に説明いたします。遺言書は手続き内容で概ね3種類に分けることができます。

●自筆証書遺言
自分で作成する遺言書をいいます。紙とペン、あるいはパソコンがあれば誰でも気軽に作成することができ、費用もかからないため、遺言書として最も多く利用されるタイプです。作成した遺言書に署名捺印、あるいは押印すれば完成ですが、家庭裁判所で作成した遺言書の存在を確認してもらう検認という手続きが必要になります。

●公正証書遺言
遺言書を公正証書にしたもので、公証役場で作成される遺言書です。公証役場にいる公証人が、民法の規定と依頼人からの情報に基づいて作成、2人の証人が立ち会って完成します。それなりの費用は発生しますが、法的効力のある遺言書を作成することができます

●秘密証書遺言
法的効力が発生する公正証書になる点は公正証書遺言と同様ですが、遺言内容を絶対に誰にも知られたくないという場合に使用されます。

自筆証書遺言書保管制度とは、上記の自筆証書遺言書を作成した上で法務局が保管するというもので、相続開始後、相続人は法務局で遺言書の中身を確認することができます。

自筆証書遺言であれば、通常は家庭裁判所における検認が必要になりますが、この制度を利用すれば検認は不要になります。また、遺言書を預かる際に、法務局において法で示す形式に適合するかどうかの外的チェックが行われます。

新制度は、最も多く利用されるタイプの自筆証書遺言の利便性を高めようと創設されました。遺言書の預け先という問題解決のため、原本に加えてデータでの保管も可能とし、紛失や改ざんを防ぐことができます。

一方で、あくまでも自筆証書遺言であるため、遺言書の内容は自己責任となり、制度利用により遺言書の高度な証明力が担保されるものではありません。

7. 遺言預かりサービスを利用する

民間でも、遺言書を預かるサービスを実施している法律事務所が日本各地に存在しています。また、相続開始まで厳重に遺言書を預かる信託サービスを実施している銀行もあります。

被相続人の置かれた状況に応じて遺言書の内容について法的な相談や形式に則った書き方のアドバイス行なっているので、利用の検討をしてみてもいいでしょう。

ネットで「遺言書の預け先」と検索すれば、該当する民間企業がヒットします。多くの企業で相談窓口を設けていますので、一度電話してみましょう。遺言書を預けるまでの流れを案内してくれます。

8. まとめ

基本的に相続の手続きは非常に煩雑です。被相続人の遺産が預貯金や不動産のような資産だけならば相続人にとって大きな財産となり得ますが、必ずしもそうとは限りません。

遺産の中に負債が含まれていた場合、どこに連絡しどのように解決すれば良いのか、資産を返済分に当てれば良いのか、限定承認の手続きを始めるべきなのか、もしくはいっその事相続放棄してしまった方が良いのか。

また相続税のことも考えなくてはなりません。遺産額次第では、相続税は莫大になりますので、税理士と協議するなどして確実に手続きをすませなくてはなりません。それには控除分の検討といった節税対策も含まれます。

相続人が複数人いる場合、相続人同士の数年にもわたる法廷闘争に発展してしまう可能性もあるのです。

相続とは、それほど多くの労力と時間を要する相続手続きです。被相続人が作成した遺言書は、相続人同士の争いや手続きの負担を防ぐために大きな役割を果たす可能性があるのです。もちろんエンディングノートを併用して遺産についてより詳しく記しておくことも有効でしょう。

それほど重要な書類となる遺言書であるため、その預け先にも細心の注意を払わなくてはなりません

被相続人の意志を尊重するために、何よりも相続人をはじめとする遺族が幸せな人生を歩むために、遺言書は確実に後世へと渡さなくてはならないのです。

 

この記事を書いた人
しいば もとふみ
椎葉基史

司法書士法人ABC
代表司法書士

司法書士(大阪司法書士会 第5096号、簡裁訴訟代理関係業務認定第612080号)
家族信託専門士 司法書士法人ABC代表社員
NPO法人相続アドバイザー協議会理事
株式会社アスクエスト代表取締役
株式会社負動産相談センター取締役

熊本県人吉市出身、熊本高校卒業。
大手司法書士法人で修行後、平成20年大阪市内で司法書士事務所(現 司法書士法人ABC)を開業。
負債相続の専門家が、量においても質においても完全に不足している状況に対し、「切実に困っている人たちにとってのセーフティネットとなるべき」と考え、平成23年に相続放棄専門の窓口「相続放棄相談センター」を立ち上げる。年々相談は増加しており、債務相続をめぐる問題の専門事務所として、年間1400件を超える相談を受ける。
業界でも取扱いの少ない相続の限定承認手続きにも積極的に取り組み、年間40件程度と圧倒的な取り組み実績を持つ。

【 TV(NHK・テレビ朝日・フジテレビ・関西テレビ・毎日放送)・ラジオ・経済紙等メディア出演多数 】

■書籍  『身内が亡くなってからでは遅い「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)
 ■DVD 『知っておくべき負債相続と生命保険活用術』(㈱セールス手帖社保険 FPS研究所)

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