自分の親、もしくは祖父母が資産家で広く事業を展開していた場合、莫大な遺産を相続することになる可能性があります。
しかし、その遺産には相続税がかかります。
相続税は遺産の総額にかかるものであるため、遺産が莫大なものであればあるほど相続税もまた莫大な額になります。
いうまでもなく相続人にとって大きな負担です。
しかし、税金の支払いを節約することは出来ます。
いわゆる節税です。
被相続人や相続人の置かれた状況次第で節税方法は数々存在しますが、相続における節税方法の1つが生前贈与です。
生前贈与とは、主に相続税の節税のために贈与を利用する方法であり、生きているうちに次の世代へ財産の一部を贈与することを言います。
例えば、被相続人である親や祖父母が、生前に子供や孫たちへ自身の財産を贈与することで遺産の額を減らし、相続税の負担を軽減させることができるのです。
贈与には贈与税がかかる場合もありますが、やり方次第では相続税よりもはるかに金銭的負担は軽くなるのです。
ただし、これは被相続人の残した遺産が、預貯金や現金のようなプラスの遺産のみであった場合です。
遺産の中に莫大な負債があった場合などはプラスの遺産が減殺されてしまうこともあり、負債の方が多い場合などは、相続人が負債を抱えてしまうこともあり得るのです。
相続人は、被相続人の負債を負担しなくて済むように相続放棄という手続きを取ることができます。
これにより、プラスの財産の全てを放棄しなくてはなりませんが、同時に負債も放棄することができるのです。
ただ、ここで1つ問題が発生します。
大きな負債を抱えた被相続人が相続人に生前贈与で財産の贈与をしていた場合、相続人は相続放棄ができるのか、ということです。
通常、相続人が相続遺産の一部でも使ってしまうと相続放棄できなくなる可能性があります。
ただ、生前贈与だとどうなるのか。
今回の記事では、生前贈与と相続放棄の関係性、そこから考えられる生前贈与後の相続放棄の可能性とその注意点などについてお話いたします。
【 目次 】
1. 生前贈与と相続放棄の関係
生前贈与は、一般的には相続税の負担を減らすために行われる節税対策として利用されることが多くあります。
ただし、必ずしも相続税対策として利用されるばかりとは限らず、例えば、贈与者が自分の子や孫の教育資金援助や住宅の購入費の援助として利用する場合もあります。
贈与には基本的に贈与税が加算されますが、贈与税の非課税枠を利用すれば、贈与税の控除を受けることが出来ます。
例えば、贈与税には年間110万円という基礎控除があります。
毎年110万円以内の贈与をすれば贈与税はかかりません。
また、60歳以上の贈与者が20歳以上の受贈者に贈与する場合、相続時生産課税制度を利用することが出来ます。
これは累計2500万円まで贈与税がかからない制度であり、これにより多くの財産を贈与することが出来ます。
ただし、血縁関係者間の贈与に限定されます。
他にも各家庭や血縁関係者の状況次第で様々な控除を受けることが出来ます。
生前贈与というと、いかにも相続税の節税目的のようにも聞こえるかもしれませんが、基本的に相続とは関係なく、子や孫への資金援助が主たる目的と言っていいでしょう。
一方の相続放棄は、相続という制度の中の1つの手続きです。
被相続人に該当する人物が死亡した時に初めて効力が生じる制度であり、生前贈与とは異なる制度です。
2. 生前贈与後も相続放棄は可能
実務上、生前贈与と相続放棄は大きく関係する場合がありますが、実際は、両者は全く別の制度であり、関係性はありません。
そのため、生前贈与したからといって相続放棄が出来なくなるということはありません。
相続人は被相続人から生前贈与を受けていたとしても、相続放棄の手続きをとることが出来ます。
ただし、負債を抱えた被相続人から生前贈与を受けた相続人は、債権者から贈与の取り消しを請求される可能性があるのです。
3. 相続放棄を検討すべきケース
前述したように、生前贈与と相続放棄は全く異なる制度です。
そのため、たとえ負債を抱えた被相続人が生前贈与したとしても、それ自体は違法な行為ではありません。
しかしその場合、債権者は被相続人から贈与を受けた受贈人に対して相続人へ贈与を取り消す請求権を有し、訴訟を提起することができるのです。
債権者の訴えが認められて受贈人への贈与が取り消されると、受贈人は被相続人にその財産を返還しなくてはいけません。
返還後、財産は被相続人の所有となり、改めて債権者と被相続人である債務者との協議となります。
ただし被相続人が死亡している場合、その財産は相続財産となります。
被相続人が遺言書を作成している場合は、遺言書に記された者が相続人となりますが、遺言も遺言書も残されていない場合は、一旦法定相続人が相続することになります。
その後、改めて相続人から債権者へと債務の弁済が行われることになるのです。
この時相続人は、相続放棄という選択を取ることも出来ます。
被相続人の相続財産の中でプラスの財産よりも負債の方が多ければ、ほとんどの場合、相続人は相続放棄を望みます。
相続人は生前贈与を受けていたとしても相続放棄の手続きを取ることができますが、注意しなければならない点があります。
それは、相続人が生前贈与を受け、相続放棄の手続きを取ったとしても、その財産が以下のいずれかに該当する場合は、相続税が発生する可能性があるということです。
- 相続時精算課税適用財産
- 相続の開始前3年以内に被相続人からの贈与により取得した財産
相続時精算課税適用財産とは、被相続人と相続人の間で、将来相続される財産を前渡しできる制度です。
家族や親族に対して行われる贈与が考えられるでしょう。
贈与される2500万円までは当面の間非課税ですが、相続が発生した段階で、先渡ししていた財産に相続税が発生します。
仮に被相続人に負債があったとしても、プラスの財産の方が多ければ弁済が可能ですが、負債の方が多いと相続人が負債を負うことになってしまいます。
さらに、生前贈与を受けた後で債権者により相続人への贈与を取り消す請求権を有し裁判所に請求され認められると、相続人はプラスの財産を差し引いた負債だけでなく、生前贈与を受けた分の負債をも抱えてしまうことになります。
相続人は、被相続人の負債の有無及びその額をあらかじめ確認し、その上で生前贈与を受けるべきであると考えられます。
負債が大きければ、相続放棄を検討し、また生前贈与を受けた分の財産は使用せず保管しておく方が良いかもしれません。
4. 生前贈与後に相続放棄する際の注意点
生前贈与後に相続放棄する際の注意点は何か。
それは、受贈者は贈与者である被相続人の全財産を出来るだけ詳細に調査すること、そして贈与者がプラスの財産だけでなく負債も追っているならば、事前に精算をしておくということです。
被相続人に事前に質問してもいいですし、預金通帳を確認することができれば多くの情報を得ることができるはずです。
被相続人が会社の経営者だった場合などは、マンションや土地のような不動産や高価な家財道具を所有していることも考えられます。
それらの金銭的価値を確認し、処分してお金に変える手段を講じておいてもいいでしょう。
費用はかかりますが、知識や経験が豊富な司法書士や弁護士に依頼するという手段もあります。
調査報告書を作成してもらえれば、後々参考にすることができます。
調査報告書の内容をもとに、生前贈与を受ける手段や相続放棄するか否か、相続して最終的に受け取る金額などを計算し、より良い選択を取る助けとすることができるでしょう。
仮に、被相続人の財産が預貯金や現金のようなプラスの財産のみであったとしても、贈与税や相続税の支払い義務が発生し、場合によっては、受贈者にとって大きな負担となるのです。
以下、その詳細、課税制度についてお話いたします。
民法上、生前贈与と相続放棄が互いに影響することはありません。
つまり、贈与人は受贈人に対して自らの財産を生前贈与することが可能であり、同時に受贈人は贈与人の死後、贈与人の財産の相続放棄をすることも可能なのです。
ここから何が考えられるか。
財産の贈与人は、受贈人と結託して自らの財産を隠してしまうことができるのです。
たとえば、贈与人に負債があったとしても、財産は受贈人に贈与してしまったから自分はほとんど持っていない、というわけです。
このことは債権者に対して非常に有効に働きます。
贈与人が債権者に対して負債の弁済を行わずそのまま死亡、生前贈与を受けた相続人が相続放棄すれば、負債の弁済義務はなくなります。
生前贈与を受けた相続人は贈与人のプラスの財産だけを受贈し、負債を放棄ということができてしまうわけです。
つまり、これは悪質な財産隠しであり、「詐害行為」と言います。
意図してこの詐害行為を行なうことは論外ですが、そうでなくても詐害行為に当てはまってしまうことがあるのです。
債権者はその行為の取り消しを求める権利を有しており、その権利を「詐害行為取消権」と言います。
債権者が裁判所に詐害行為取消権に基づく訴訟を提起し認められると、受贈人への財産贈与は取り消され、一旦贈与人に元に返還されることになります。
贈与人がすでになくなっている場合財産は相続財産となり、一旦法定相続人に相続され、後に債権者へと弁済されることになります。
財産が不動産であった場合、名義が被相続人から相続人もしくは債権者に名義変更する手間や相続登記にかかる登録免許税の負担が発生しますが、それらの手続きを踏まえた上で同様に債務の弁済へと当てられます。
一方相続人は、詐害行為取消権により受贈した財産を没収され、しかも相続放棄したにも関わらず、受贈した分の相続税の支払い義務が残る可能性があるのです。
5. 生前贈与加算の対象から外れるか
このように詐害行為も含めて生前贈与を行なうには注意点がいくつかありますが、生前贈与に関係する税もまたその1つです。
ここでは生前贈与に相続税が発生する事例の1つ、「生前贈与加算」についてお話いたします。
生前贈与加算とは、被相続人の死亡3年以内に行われた贈与に対して贈与税が加算される規定を言います。
生前贈与加算の対象となれば、贈与税を支払い済みであったとしても相続税が加算されることになります。
以下、生前贈与加算の対象者とその範囲についてお話いたします。
まず、生前贈与加算の対象者です。
対象者は、相続や遺贈により財産を取得した者です。
被相続人の死亡前3年以内に贈与を受けていても、相続や受贈で財産を取得していなければ対象者とはならず、また、相続人であったとしても財産を相続しなければ生前贈与加算の対象外です。
相続関連でよく聞くのが生命保険金の扱いです。
生命保険金はみなし相続財産となり、生前贈与加算と対象となります。
必ずしも相続人が保険金受取人になるわけではなく、相続財産に位置付けられることがよくありますが、保険金受取人は生前贈与加算の対象者となります。
次に、生前贈与加算の範囲です。
前述した通り、被相続人の死亡3年以内に行われた贈与がその範囲であり、基本的にその範囲に例外はありません。
つまり、以下の贈与についても対象となります。
- 贈与税の基礎控除額に満たない110万円以下の贈与
- 被相続人が死亡した年に行なった贈与
つまり、比較的対象者も対象範囲も広く設定されている生前贈与加算ですが、以下のように対象外となるケースもあります。
- 贈与税の配偶者控除が適用された金額
- 住宅取得等資金の非課税額
- 教育資金の一括贈与の非課税額
- 結婚や子育て資金の贈与の非課税額
これらをしっかりと認識し、自身に置き換えて上手に生前贈与を利用しましょう。
6. 詐害行為取消権が行使されるケース
さて、詐害行為取消権については前述しましたが、ここではその権利が行使されるケースを紹介しましょう。
事例
A氏は事業のためにとある都市銀行からお金を借りています。A氏の事業は、最初の3年は順調でしたが、次第に経営が苦しくなりついに事業は破綻、A氏には銀行からの借金だけが残ってしまいました。現在、A氏の財産は土地付き一軒家のみです。それすら借金に取られてしまうわけにはいかない、と考えたA氏は土地付き一軒家を彼の子供に贈与し管理を任せることにして、A氏自身は一文無しを装うことにしました。しかし、この行為はやがて銀行の知られるところとなり、銀行はA氏の行為を詐害行為だとして裁判所に提訴、詐害行為取消権を訴えた・・・
通常、債務者であるA氏が債権者である銀行への支払いを怠った場合、銀行は訴訟を提起し、金銭の支払いを命じる判決を得たところでA氏の自宅不動産に対し強制執行をして解決を図ることになります。
ところが、A氏に財産がない場合、金銭の支払いを命じる判決を得ても強制執行することができません。そこで、銀行には詐害行為取消権が認められるのです。
なお、詐害行為取消権は必ず裁判で行使しなければなりません。
内容証明郵便などで通知を送っても法的な効力はありません。
7. 生前贈与後の相続放棄に関する相談先
では、実際に生前贈与後の相続放棄についてどこに相談すればよいのか。
相続を専門とする弁護士や司法書士に相談すれば、法律の詳しい解説に加えて、相談者がどうしたいのか、ということに関して適切に回答してくれるはずです。
生前贈与は相続税や贈与税が大きく絡む制度であるため、税の申告などの専門家である税理士に相談してもよいでしょう。
間違っても自分で全て決定し対処しないようにすることが重要です。
8. まとめ
いくら日本国民としての義務だとしても、税金の支払いはできるだけ安く抑えたいし、借金の負担もできるだけ減らしたい。
そして何より次世代により価値のある遺産相続をさせたい。
多くの人がそんな思いを持ちます。
生前贈与は、そんな思いを実現する非常に有効な制度です。
上手に利用すれば、税の負担は極めて軽く済ませることができます。
ところが、ここに相続放棄という制度が絡むと途端にややこしくなり、たった1つの法解釈のミスや勘違いで、節税どころか被相続人の負債を相続人が抱えてしまう事態にもなりかねません。
相続人が複数人存在する場合などは、遺産分割や遺留分などについても考えなくてはならず、手続きはさらに煩雑になります。
まずは生前贈与後の相続放棄は非常にややこしく、法に詳しくないものが手に負えるような問題ではない、ということを覚えておかなくてはなりません。
相続は多くの場合、ある突然降りかかるようなものではありません。
相続問題が我が身に降りかかる前兆は必ずあるはずです。
そして生前贈与による節税を計画する場合、数年間という長い期間がかかるということを前提にし、一刻も早く弁護士や司法書士、税理士のような相続の専門家に相談すべきです。
専門家はネットで検索して新規で相談してもいいのですが、口コミで良い評判の事務所を探したり、知人から紹介してもらったりしてもらうと安心です。
そして相続について最善の対処法について相談しましょう。
過程に財産を守るためには、いかに早く行動するかにかかっているのです。