相続放棄をする必要があるとなった時に、要領に慣れていない方が少なくありません。
この要領に「手続き場所は裁判所」という考慮点があります。ここでどこの裁判所に提出するの?裁判所でどのような手続きや流れがあるの?といった不明点があります。
そしてこのような不明点をある程度把握・理解してから、落ち着いて手続きに臨みたいと考える方がいらっしゃいます。多忙な方は、なるべく短時間で手続きを完了したいと望む方もいらっしゃいます。
そこで今回はこの相続放棄における裁判所での手続きにつきまして、裁判所で審議される内容にも触れながら解説します。
【 目次 】
1.どこの裁判所でするのか?
(1)家庭裁判所
裁判所には最高裁判所・高等裁判所・地方裁判所・簡易裁判所・家庭裁判所とあります。
相続放棄手続きはこのうち、家庭裁判所で行われます。
(2)どこの家庭裁判所?
家庭裁判所は複数ありますが、亡くなった方の最期の住所地を管轄する家庭裁判所となります。
2.裁判所での手続きの流れ
まず下記が相続放棄手続きの大きな流れとなります。
上記流れの中で、相続放棄希望者にとって特に重要なのは相続放棄の申述といえます。
3.相続放棄の申述
相続放棄希望者は相続放棄の申述書を作成して、必要書類を添え被相続人の最期の住所地を管轄する家庭裁判所に提出する必要があります。
そしてこの手続きは、原則として3箇月以内(自己のために相続の開始があったことを知った時から)になされる必要があります。
(受理【相続放棄が完全に認められる】が3箇月以内に完了する必要があるという意味ではありません)。
4.裁判所の照会
(1)照会とは?
相続放棄をする際、「もう何年も会っていない・連絡を取っていない親戚が相続放棄か限定承認手続きを行っていないか否か」不明な場合があり得ます。この不明点を調べるために、裁判所で照会という手続きがあります。
裁判所では、照会書に記入された氏名と裁判所の事件簿などとを照合して調査がなされます。そして、申述の有無が回答されます。
この際名前・漢字一文字で結果が違ってきますので、漢字一文字まで正確に記入する必要があります。
(2)必要な資料など
下記の書類・資料が必要となります。
①被相続人の最期の住所地の住民票の除票(本籍地の表示付)
除票の発行がなされない場合は、戸籍の附票が必要となります。
最期の住所地が、照会申請先裁判所の管轄地であることの確認も必要です。
②照会者の資格を裏付ける書類
「相続人が照会する場合」
- 相続関係図
- 相続関係図を裏付ける戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍(被相続人と照会者のつながりを示す部分のみで可)
「利害関係者が照会する場合」
例えば債権者などといった利害関係者の場合は、利害関係を証明する資料が求められます。
債権者としての契約書・抵当権が記載されている、不動産登記簿謄本などといった書類・資料です。
③返信用切手を貼った封筒
通常返信用切手は82円で足ります。しかしながら原本の返還などで重量が大きくなる場合は、この重量に応じた切手も必要となります。
5.裁判所で審議される内容
(1)第一判断基準
- 申述は相続人によるものであること
- 相続人の真意に基づくものであること
- 実質的な要件に基づくものであること
(2)実質的な要件とは?
実質的な要件とは、次に示す事柄です。
- 相続放棄の申述が法定期間内になされたこと
- 法定単純承認の事由がないこと
次に上記2つの実質的な要件について触れます。
(3)法定期間内
①3箇月以内の原則
相続放棄の申請手続きとして、自身に相続が始まったことを知ってから3箇月以内に家庭裁判所に申述する必要があります(民法915条1項)。
「自身に相続が始まったことを知ってから」というのは「被相続人が死亡した事実」を知ってからという意味になります。
つまり、被相続人が死亡した事実を知らなかった期間は算入されません。しかしながら裁判所の審理により、被相続人が死亡した事実を知らなかったという事柄の信ぴょう性が欠けると複雑になってきますので注意が必要です。
(3箇月が経過した後でも認められる場合があり得ますので、留意が必要です)。
②特別な事情がある場合の法定期間
話・事情・状況次第では3箇月が経過した後でも、相続放棄の申述が認められる場合があります。それは次のような条件に当てはまる場合です。
- 相続人からみて、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じるのが妥当であると解釈される場合
- 相続人に対し、相続財産の有無の調査を求めるのが著しく困難な事情があると認められる場合
上記に当てはまる場合は、たとえ3箇月が経過していてもまずは慌てずに司法書士の方などといった専門家への相談が重要となります。
(4)法定単純承認の事由がないこと
次に示す事柄は法定単純承認とみなされますので、相続放棄手続きの妨げとなります。
- 相続人が相続財産の一部または全部を処分した時
- 相続人が3箇月の法定期間内に限定承認または相続の放棄をしなかったとき
- 相続人が限定承認または相続の放棄をした後であっても、相続財産の一部に隠匿・相続財産の目録に掲載漏れ(悪意による)などといった事実があった時
特に要注意なのは「相続人が相続財産の一部または全部を処分した時」です。
処分したというのは一般的な処分(捨てる)の他に、消費による消滅という意味もあります。
単純承認の事由法律を知らずに、預金などへ手をつけがちですので気を付ける必要があります。
6.3箇月経過後に相続放棄申述があった時の裁判所の判断
(1)事案概要
昭和59年9月、ある方々が被相続人である亡き父の相続権があることを知りました。
亡き父の財産や借金については知らず、何一つ相続しないでいました。ところが突然昭和61年1月債権者から支払い催告書がきて驚いたのです。
こちらの方々は早くから実家を出て、遠隔地で結婚生活を営んでいました。
亡き父は生前事業を勇退し、借家でゆったりとした年金生活を送っていました。この状況で家庭裁判所に対し、相続放棄の申述を行いました。しかしながら家庭裁判所により、この申述は却下されました。
それで、当人たちは大阪高等裁判所に抗告しました。
(2)大阪高等裁判所による判断の内容
まず結論として受理という判断がなされました。
以下この判断に至る経緯と判断材料です。
①経緯その一
相続人が3箇月以内に限定承認・相続放棄をしなかったのが、相続財産が全く存在しないと信じたためです。
そしてこのように信じるのが妥当であると解釈されるべき特殊な事情がある場合には、相続人がこの財産について認識した・認識可能であったとみなされる時にさかのぼって算定されるのが妥当だと解釈されました。
②経緯その二
- 昭和59年9月に亡き父の他界事実を知り、相続人として相続権がある旨は記されています。
- 何一つ相続せずに、突然昭和61年1月債権者から支払い催告書がきて驚いています。
- 当人らが早くから実家を出て、遠隔地で結婚生活を営んでいました。
- 亡き父は生前事業から勇退し、静かな年金生活を営んでいました。
上記4項の事実により、相続人当人らが相続財産の存在を知らなかったと信じるのが認められるとみなされました。
③経緯その三
相続放棄の申述が却下されると、相続人は責務を負わざるを得なくなります。
この一方で受理されると債権者らは相続放棄の無効を主張し、裁判を起こす可能性があります。
ただしこのような二つの事柄・現象が想定されるものの家庭裁判所の相続放棄申述の受理審査段階では、十分な審理を行う手続き上の保障がないとみなされました。
このような事情により、相続人当人らが財産は存在しないと信じた旨の正当性・②経緯その二の4事項の信ぴょう性は高い・3箇月間がカウントされる基準時期の繰り下げが認められたという本案件でございました。
7.成年後見人・相続放棄・家庭裁判所の関係
(1)成年後見人とは?
成年後見人制度は、判断能力・思考能力が十分でない(知的障害・精神障害・認知症などといった精神上の障害によって)方が不利益を被らないように家庭裁判所へ申し立てをします。
これによって、援助してくれる方がつく制度のことです。
(2)被後見人が相続放棄
被後見人(ご本人)が相続人の場合、相続放棄の手続きは後見人が代行する必要があります。
この場合の3箇月間というのは「後見人が被後見人にとって相続が始まったことを知った時」から算定されます。
この3箇月間という考え方に対しては、被後見人よりも援助者である後見人の方が相続を承認するか否かについて適切な判断をできるであろうという根拠が背景にあります。
(3)注意点
後見人と被後見人が共同相続人といった場合、後見人が被後見人の相続放棄手続き代行は原則できません。
このような場合には、後見監督人が相続放棄の手続きをすることになります。
後見監督人がまだいない場合は、家庭裁判所で別途選任された特別代理人が相続放棄の手続きを行う必要があります。
しかしながら次のケースでは、後見人が代理して行えます。
- 後見人が被後見人よりも先に、自分の相続放棄をして受理されている場合
- 後見人と被後見人が同時に相続放棄する場合
8.まとめ
以上相続放棄と裁判所の関係について述べてきました。
相続放棄は限定承認と比較して、特に問題がなければ受理がスムーズに運ぶ傾向があります。
しかしながら話・状況・都合によっては、熟慮や手間暇が必要になる可能性があります。
特に申述書などといった必要書類や申述内容・審議される内容を正確に準備・作成し、裁判所へ足を運ぶ回数が最小回数で済むように効率的に相続放棄手続きをなさってください。