農地や田んぼのみの相続放棄はできない理由・他の処分方法も解説

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農地や田んぼのみの相続放棄はできない理由・他の処分方法も解説

親が亡くなりその遺産を相続するとなった場合、様々な状況が考えられます。遺産が預貯金や株券のようなものだったら、相続人は思わぬところで大金を手にすることになり喜びに打ち震えるかもしれません。ただ、遺産の中に「農地」があれば要注意です。なぜなら単純に「土地という財産を手に入れた」という認識では済まない状況が考えられるためです。

「農地」という遺産をプラスの財産として有効利用するには、様々な法的知識やあなた自身の身の回りの状況把握が必要になってきます。場合によっては、司法書士や弁護士のような専門家に意見を聞く必要が出てきます。

今回は、相続遺産の中に農地が含まれていた場合におすすめの対策、対処法についてお話いたします。

1.農地や田んぼを相続する際の注意点

農地の相続について以下の事例を紹介いたします。

相談者A氏の事例
死亡した親の遺産を相続することになり、遺産の整理や名義変更の手続きを知り合いの司法書士にお願いした。財産目録は預貯金や株券などで、自分の生活にゆとりを持たせるには十分なものだった。親に感謝しなくては、と思ったのもつかの間、その中に気になるものがあった。それは「農地」である。自分は都市部に家があるし、仕事もある。農業を始める気などさらさら無い。かつて親は農業を生業としていたが、身体を壊してから数年間農作業をしていない。そのまま復帰することなく亡くなったので、農地は放置されたままのはずである。今まで一切考えることもなかったが、いざ相続するとなるとそういう訳にもいかない。あまりややこしいことはしたく無いので、預貯金や株券などを相続して、農地は相続放棄するか売却したいが・・・

A氏は親の遺産を相続し、金銭的にゆとりのある生活が出来ると期待しているようです。金額は定かではありませんがA氏の相談内容から判断すると、預貯金や株券の総額は、莫大とまではいかずとも比較的大きな金額であるようです。

思わぬところから臨時収入が入ることのありがたみは、A氏でなくとも誰もがわかるところ、しっかりと相続して自分の生活にゆとりを持たせたいと思うのは自然な成り行きです。

ところが、財産目録には農地という不動産も存在します。農地も財産には違いありませんが、預貯金や株券とは異なり、財産として有効活用するには管理や売却といった手続きが必要となります。

農地の有効利用などといった煩雑な手続きなどしたくないA氏は、預貯金や株券といった財産を相続して、農地は手放したいと考えているようです。

しかし、残念ながらA氏の希望通りの相続はできません。A氏には①から③の3つの選択肢が与えられることになります

  1. 被相続人である親の財産すべての相続を放棄する
  2. 農地を含めたすべての財産の相続を承認し農業を継ぐ
  3. 農地を含めたすべての財産の相続を承認した上で農地を処分する

以下、上記の選択肢についてお話いたします。

2.農地のみの相続放棄ができない理由

財産目録に農地のような不動産があり、その相続をしたくないと希望するならば、家庭裁判所に相続放棄という手続きをすることで農地の相続を放棄することができます。ただし、農地以外の財産、預貯金や株券のようなプラスの財産をも放棄することになります

なぜなら、相続放棄の手続きをすることで、相続人はもともと相続人でなかったとみなされることになるためです。

農地の相続を放棄するならば、その他すべての財産目録の放棄することになる。つまり、財産目録の中の農地のみの相続放棄はできないということになるのです。

3.相続放棄以外で農地を処分する方法

では、相続放棄以外で農地を処分するにはどうしたらいいのか。

一般的には、土地を処分するには譲渡や売却といった手段が考えられ、土地の売買も比較的頻繁に行われています。土地としての査定額、売買以外の有効活用手段、土地に関する納税を回避する手段、売却後の適切な土地の管理などについての十分な検討を大前提とするならば、比較的簡単にできます。ただし、それはあくまでも農地や山林以外の土地である場合のことです。

ただ、相続した土地が農地であった場合は「農地法」に基づく申請や申告などが必要になるため要注意です。

まず農地を相続した場合、農地の取得を知った時から10ヶ月以内に農業委員会へその旨を届け出なくてはなりません。届出を怠った場合は10万円以下の過料に処せられる可能性があります。

農地法とは、国内の農業生産の基盤となる農地の転用規制と耕作者の地位安定により、食料の安定供給の確保を目的とした法律であり、農業委員会とは、農地法に基づいて農地の転用案件の意見具申や遊休農地の調査を行なう行政委員会です。

法で保護されている農地ですが、メリットもあります。農地の相続人には税制面で優遇を受ける権利が与えられ、農地の相続だけでなく農業を継ぐこと等の一定条件を満たせば、相続税や納税猶予などの特例を受けることが出来る場合があります。

農地を処分することは不可能ではありませんが、その場合、これらの権利を受けることが出来なくなることは前提とする必要があります。

農地を処分するには以下の2つの方法が考えられます。

A) 農地を農地のまま農家に売却する方法
B) 農地を用途変更して売却する方法

まずAの方法は、例えば隣接する専業農家に農地を売却する手段が考えられます。専業農家にとっては農地が拡大することでより大きな収益を得るメリットがあるため非常に有効です。

農地法第3条に基づき、定められた要件を満たし農業委員会の許可を受けることで農地の所有権の移転が可能となります。

Aの手段が使えない場合、またより有益な売却を望む場合はBの手段が考えられます。企業や事業目的で工場や研究所のような建物を建設する、駐車場とするなど農地以外の用途は様々考えられますが、農地の転用の場合は農地法第5条に基づく条件が必要になります。一般基準としては以下の2項目が定められています。

  • 目的通り確実に土地が使用されると認められること
  • 周辺農地の営条件に影響を与える恐れがないこと

農業委員会に申告し上記要件を満たすと認められれば許可がおります。ただし、農地を農地以外の用途で使用する場合は別途費用がかかること、そして宅地などにする場合は立地次第で高値での売却が難しくなることを認識しておく必要があります。

4.農地を放置した場合のリスク

相続財産に農地が含まれていた場合、固定資産税のような税金の負担や農業委員会への報告の煩わしさはあるものの、財産すべてを放棄するよりも相続を承認する方が得策と考え農地を相続する人は多くいます。

ただ、相続をきっかけに農業を継ぐ人は稀であり、全国に多くの耕作放棄農地が存在します。

では、相続した農地を管理することなく放置した場合、どんなリスクが考えられるのか。

実は農地を放置すること自体に罰則規定が設けられているわけではありません。ただし、農地の管理責任は農地の所有者にあり、適切に管理する義務があります。仮に放置された農地に害虫や野生動物が入り込み、周辺住民や隣接する農地に被害を及ぼした場合、農地の所有者となった相続人に対して損害賠償請求が裁判所に提起される可能性があります。

また、毎年1回農業委員会が農地の利用状況調査を実施します。これは耕作放棄地を把握するなどの目的がありますが、耕作放棄地の所有者に対して是正指導等も行われます。指導後も改善が見られないと判断されると罰則金等のペナルティが課せられる可能性があります。

5.農業代行・委託サービスを利用する方法

相続放棄できないので仕方なく相続を承認した農地であっても、所有している以上は適切に管理したい、できれば有効に利用したい、というのは農地を相続した所有者の本音であるはずです。

しかし、農地を相続した所有者であっても、それをきっかけに農業を始める人などごく稀であり、ほとんどの人は別に自分の仕事があります。休みの日を利用して農地を適切に管理することを強要することはできませんし、隙間時間での農地の管理など現実的ではありません。

そこで、相続した農地での農業を代行、委託できるサービスを利用するという手段を取ることが出来ます。

農作業をプロに委託するので当然費用は発生しますが、収穫した農作物からの収益で費用を賄うことができ、豊作ならば利益を見込むこともできるでしょう。

また、農地として利用するため相続税の納税猶予が適用される可能性があります。

当然、管理義務の問題も解消されるので、非常に有効な手段と考えられます。

とはいえ、農業は非常に高度な技術を要するので業者の選定が難しいなどの課題もあります。

相続した農地が管理できない、所有している農地が耕作放棄地となっているなどの問題を抱えている場合は、農業の代行・痛くサービスについて農業の専門家に相談してみてもいいでしょう。

6.農地以外への転用の可能性

相続した農地の処分方法で、農地の転用について少しお話いたしました。ここではより詳しく農地の転用、その流れ及び注意点についてお話いたします。

まず、基本的に対象となる農地の登記事項証明書について、地目が「田」もしくは「畑」となっている場合、そこに建物を建設することはできません。農地を転用するためには、地目を変更する必要があります。

通常であれば、地目の変更は法務局で所定の書類の提出を済ませれば容易にできます。ただ、「田」「畑」の地目の変更は農地法の制限を受けることになり、農業委員会で許可を得なければなりません。

また、都市計画法で指定される市街地化調整区域に指定されている土地は、原則として農地転用は不許可とされています。

このように農地の転用は法的に厳しく制限されていますが、仮に農地転用の条件を満たすことが出来たならば、その後どのように手続きをすればよいのか。

まず、転用する農地の面積で申請書類の提出先が決まります。農地の面積が4ヘクタール以下の場合は農業委員会に提出し都道府県知事の許可を得ることに、4ヘクタールを超える場合は都道府県知事に提出し農林水産大臣の許可を得ることになります。

申請書類は、農地を売る側と買取る側の連署による申請が必要です。申請書類に土地の地図、全部事項証明書、建物及び道路の図面等を添付して提出し、問題がなければ許可されます。

農地の転用が許可された後に所有権の移転登記が行われ、工事の着工となります。いうまでもありませんが、計画通りの建設工事が行われなくてはならず、転用許可の条件に違反した工事が行われた場合は工事中止などのペナルティが課せられることになります。

農地転用の注意点は、対象となる農地が転用の基準を満たしているか、そしてその農地の購入者が存在するかを事前に確認しておくことです。

特に、相続税の納税資金の確保を目的とする場合は、相続の発生前から税理士等と協議しておく必要があります。

7.相続放棄を行う場合の手順と注意点

さて、ここまで農地を相続した場合の処分方法等についてお話してきました。被相続人である親が残してくれた財産とはいえ、相続人が農業とは無関係の生活を送っていると、農地の存在が煩わしいものとなってしまうことは否めません。

もちろん、農地の立地その他条件次第では有益に処分することも可能であり、また有効利用して収益を生み出すことも可能です。

ただ、いずれの場合もしかるべき申告や手続き、専門家との協議が必要であり、場合によってはリスクが伴うこともあります。

そうなると相続人がこれまで築き上げてきた生活に支障をきたすことも考えられます。

「親が残してくれた財産ではあるが、自分の生活を守るためにも相続はしたくない」と望む一定数の相続人が存在すると考えられます。

では、農地の相続をどのようにして放棄すればよいのか。

民法では、相続人に遺産相続の権利の一切を放棄するという選択肢を与えています。これが相続放棄という制度です。

相続が始まってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述することで遺産の相続放棄が認められ、相続人は最初から相続人ではなかったとみなされることになります。

ただし、注意すべき点もあります。相続放棄により農地の相続を放棄することが出来ますが、同時に預貯金のようなプラスの財産も同時に放棄することになります。また、兄弟姉妹に遺産分割されていた場合、他の相続人と協議することなく相続放棄すると、兄弟姉妹間との関係悪化を招く恐れがあります。

親の遺言や相続を巡る兄弟姉妹間の裁判沙汰も決して珍しい事例ではないのです。

8.相続放棄後の管理義務

基本的に不動産は誰かが管理しなくてはなりません。それは空き家でもあっても空き地であっても、そして農地であっても同様です。

農地の相続人は、相続放棄の手続きをすることによって所有者としての責任を免れることになり、農地に関する税金を支払う必要はなくなります。しかし、農地の管理義務は負わなければならないのです。

管理者を失った農地は瞬く間に荒れ、害虫や野生動物の住処となります。そうなると周辺住民や隣接する農地へ悪影響を及ぼすことになりかねません。

では、法定相続人全員が相続放棄し、相続順位に該当する者がいなくなった場合はどうなるのか?

農地の管理責任が残るとはいえ、未来永劫管理しなければならないわけではありません。相続人が不在となった相続財産は法人化されます。その後相続人は、家庭裁判所に相続財産管理人を選任するための申し立てをしなくてはなりません。相続財産管理人が選任されるまでの期間が、管理責任を負う期間となるのです。

まとめ

せっかく親が残してくれた農地、もちろん有効に活用して資産を生み出すような資産にすることが出来れば申し分ありません。

しかし、いつの時代でも農地が有効利用できるとは限らず、相続人は今の時代を生きていかなくてはなりません。相続人には相続人が築き上げてきた生活があるのです。

ここまでお話してきたように農地の扱い方は千差万別、有効に利用して利を生むようにもできるし、別用途への転用もできる。敢えて農業という原点に返ってもいいでしょう。

その中には、農地の売却や相続放棄という選択肢も入れるべきなのです。

ありとあらゆる選択肢の中から相続人にとってベストな手段を選ぶ。そのためには、相続や農地に特化した優秀な専門家の事務所に足を運んで意見を聞き、十分に協議を重ねた上で結論を出さなくてはなりません。

時には大変な手間や時間がかかることもありますが、ベストな選択は、相続人のこれからの人生をより豊かにすることにも繋がるはずです。

それこそが親の残してくれたかけがえのない遺産となり得るのです。

この記事を書いた人
しいば もとふみ
椎葉基史

司法書士法人ABC
代表司法書士

司法書士(大阪司法書士会 第5096号、簡裁訴訟代理関係業務認定第612080号)
家族信託専門士 司法書士法人ABC代表社員
NPO法人相続アドバイザー協議会理事
株式会社アスクエスト代表取締役
株式会社負動産相談センター取締役

熊本県人吉市出身、熊本高校卒業。
大手司法書士法人で修行後、平成20年大阪市内で司法書士事務所(現 司法書士法人ABC)を開業。
負債相続の専門家が、量においても質においても完全に不足している状況に対し、「切実に困っている人たちにとってのセーフティネットとなるべき」と考え、平成23年に相続放棄専門の窓口「相続放棄相談センター」を立ち上げる。年々相談は増加しており、債務相続をめぐる問題の専門事務所として、年間1400件を超える相談を受ける。
業界でも取扱いの少ない相続の限定承認手続きにも積極的に取り組み、年間40件程度と圧倒的な取り組み実績を持つ。

【 TV(NHK・テレビ朝日・フジテレビ・関西テレビ・毎日放送)・ラジオ・経済紙等メディア出演多数 】

■書籍  『身内が亡くなってからでは遅い「相続放棄」が分かる本』(ポプラ社)
 ■DVD 『知っておくべき負債相続と生命保険活用術』(㈱セールス手帖社保険 FPS研究所)

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