今回は、実務では非常に使用頻度が高いと想定される、「預貯金債権の仮払い制度の創設」についてお話させていただきます。
【 目次 】
1.遺言書保管法 創設の経緯
(1)預貯金の相続の現状
そもそも皆さんは、これまで相続財産に預貯金(厳密には銀行に対する預貯金債権)が含まれる場合、法律上どのように取り扱われていたかご存知でしょうか?
従来の考え方では、相続財産に預貯金がある場合、その預貯金は遺産分割の対象にならないと法律上は取り扱われていました。
具体的には、預貯金債権は相続が発生した瞬間に法定相続分で各相続人が権利を取得することになっていたのです。
これを、法律上「当然分割」と言います。
したがって、各相続人は、自身の法定相続分に相当する金額については遺産分割協議を経ることなく、各金融機関に払い戻しを請求することができるとされていたのです。
例えば、父親の遺した預貯金が1,000万、相続人は子供2人とした場合、各相続人は遺産分割協議を経ることなく500万ずつの範囲で金融機関に対し払い戻し請求ができるということになります。
ただ、実際の現場はそのように運用していたのかというと法律の原則とは違う実態がありました。
預貯金を遺産分割協議の対象として相続人全員の合意の元で話し合うことは一般的に通例として行われていましたし(家裁の遺産分割調停においても同様の運用)、払い戻しに応じる側の金融機関においても、窓口対応として各相続人から法定相続分での個別の支払を求められても拒否するケースも多く、遺産分割協議書の提出を求めることが金融実務としても一般化されていました。
実際、筆者の実務現場においても、ご遺族様にこのことを説明すると、「何故、不動産や他の資産は話合いが必須なのに、預貯金だけが別の取扱いになるのか理解できない!」と言われる方も多くいました。
おそらく紛争になっていないケースであればそのほとんどが遺産分割の対象に便宜含めて処理をしていたのではないでしょうか?
このように、従来の預貯金債権の相続についての原則(当然分割)と現場の常識には大きな隔たりがあり、原則とは異なる実務処理がなされる状態が続いていたのです。
そんな中、平成28年12月19日、最高裁判所である決定がなされました。
この裁判は、被相続人が遺産として遺した預貯金の金額以上の生前贈与を受けていた相続人に対して、当然分割を原則にしてしまうと、より多くの遺産を受け取れる状況を作ることになり、大きな不公平が生じるため、預貯金を遺産分割の対象とするように他の相続人が求めた事案です。生前贈与があるのにもかかわらず、預貯金も半分受け取れるとなれば、それは不公平ですよね。
そして、平成28年12月19日、最高裁は、「預貯金もまた遺産分割の対象に含まれる」という決定を出しました。
これでようやく実務現場の実態との整合性がつくようになりました。
今後は、預貯金も遺産分割対象に含めるというこれまでは便宜的な取扱いだったものが法律の原則となり、実態との齟齬が無くなることとなったのです。
(2)預貯金が遺産分割財産の対象となった事の影響
ただ、この判例変更によりマイナスの影響を受けるケースも一方では出てくるようになったのです。
例えば、相続人全員の意見調整がなかなか整わず遺産分割協議が難航した場合、預貯金の払い戻しが受けられないことにより、
- ・ 葬儀費用等の緊急の資金需要に対応できない
- ・ 被相続人自身が負っていた債務の支払が滞る
- ・ 被相続人から扶養を受けていた相続人が生活費等を賄えなくなる等の不都合
が生じ得ます。
従来であれば、当然分割が原則でしたので、銀行から法定相続分の預貯金について一部払い戻しを受けることは可能でした(なかなか銀行との交渉は大変ではありましたが)。
今回の最高裁決定の影響で、一律に預貯金は遺産分割の対象となるとされるようになったため、遺言が無ければ、遺産分割協議を経ないで、一部の払い戻しを受ける余地は無くなったのです。
2.遺言書保管法 創設の経緯
そこで、今回の相続法改正では、遺産分割前に預貯金債権を払い戻す方法として、以下の2つが新たに設けられました。
(1)裁判所を経由しないで金融機関から払い戻しを得る方法
各相続人は、次の計算式により算定した金額の範囲内であれば、裁判所の判断を経ることなく、金融機関に対し預貯金の払い戻し請求を行う事ができるとされました。
(改正民法第909条の2)
【計算式】
相続開始時点の預貯金額 × 3分の1 × 各法定相続分=払い戻し可能な額
これにより、相続開始後、各相続人は、他の相続人の協力を必要とせず、また、迅速に、 被相続人の預貯金から一定の範囲で払い戻しを受けることができるようになりました。
ただし、一点だけ大きな注意点があります。
それは各金融機関につき求めることができる金額について法務省令で上限額が定められおり、150万円を超えることができないとされているのです。
上記改正に伴い、今後の現場で想定されることとして、下記について検討しなければなりません。
- ① 相続発生直後に想定される必要経費(法事、債務弁済、生活資金等)の算
- ② (1)の想定金額に従い、いくつの金融機関に預貯金を分散させるのか?
- ③ 預貯金分散では必要経費の確保が困難である場合は、保険等による資金準備
今回の改正法では、金融機関ごとに上限額設定が行われました。したがって、預貯金を分散化させる事により、払い戻しを受ける金額を増やす対策は可能と考えられます。
それでも、金融機関ごとに150万円が限度額のため、施設への入所など高額の支払が想定されている場合は、それでは必要資金の準備が難しいケースもあるため、上限額を超える部分について保険等でカバーしていく提案が今後は必要かと思います。あまりに口座を置く金融機関を増やしてしまうとその管理も大変ですからね。
特に富裕層の相続においては、法定相続分に相当する払戻金の確保を金融機関の分散化で確保することは困難が予想されますので、しっかりと保険等の別ルートでキャッシュを遺してあげることも親の務めといえるかもしれませんね。
また、この方法で払い戻された預貯金は、それを取得した相続人が遺産の一部分割により取得したものとみなして残りの相続分を計算することとなります。
(2)家庭裁判所の判断を経て仮に取得する方法
前述のとおり、(1)の方法では、払い戻せる金額に上限があり、大口の資金需要は賄えません。
この点、もともと、家庭裁判所では、遺産分割の調停・審判の手続中に「急迫の危険を防止するため必要がある場合」であれば、遺産の仮分割等が認められていました(家事事件手続法第200条2項)。
しかし、要件が厳しく、これまであまり活用されていませんでした。
そこで改正法では、以下のように緩和された要件を満たす場合に、裁判所の判断により、預貯金の全部又は一部について相続人に仮の取得を認めることができると規定しました(新家事事件手続法第200条3項)。
- ① 遺産分割の調停・審判が家庭裁判所に申し立てられていること
- ② 相続人が相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により、遺産に属する預貯金を行使する(払い戻す)必要があると認められること
- ③ 相続人が上記②の事情による権利行使を申立てたこと
- ③ 他の相続人らの利益を害さないこと
この方法の場合、実際にどの範囲で預貯金の仮分割が認められるのかは、裁判所がケース・バイ・ケースで、裁量的に判断することになります。
筆者の見解としては、②の仮払いについては、あくまで家庭裁判所で遺産分割調停などの紛争になっている状況が前提となっているため、多くの場合は、①の方法をとることになると考えられます。
そうした場合には、やはり取引金融機関の数の調整や保険などによる別ルートでの資産確保などのニーズは今後も高いものと思われます。
尚、上記預貯金債権の仮払い制度については、2019年7月1日より施行されて、制度がスタートしています。