「人としての尊厳を保って最後の時を迎えたい」
「過剰な医療は受けずに最後は自然に死にたい」
このような考えをお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本記事では、尊厳死の定義、安楽死や自殺ほう助との違い、尊厳死と日本の法律、尊厳死を選択するにはどうすれば良いか、尊厳死を選択したい方が準備しておくべきことなどについて説明します。
【 目次 】
1.尊厳死とは
尊厳死とは、自分の意思で終末期の延命措置を行わず、人としての尊厳を保った状態で自然な死を迎えることをいいます。
やせ細った身体にたくさんの管を繋がれた病床の光景を見て、「自分はこんな状態になってまで生きていたくない」などと思わず考えてしまったことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。
現代の医療技術では、回復の見込みがないにもかかわらず、人工呼吸器や胃ろう、栄養剤の点滴などの生命維持装置につなぐことで生命を維持することが可能です。現在、多くの日本の医療現場で、末期がんや高齢により衰弱した状態で治癒の見込みがない患者に対して過剰ともいえる延命措置が行われています。
本人が延命治療を受けて一日でも長く生きたいと希望する場合は、本人の希望通りの医療を受けるべきでしょう。しかし、延命治療は患者にとって肉体的・精神的に苦痛が多いものです。また、それを見守るご家族の精神的負担や金銭的な負担の大きさについても考慮が必要な場合があります。
過剰な延命措置を断り緩和ケアのみを受けることで、自分らしさを保ったまま最期の時を迎える尊厳死は、本人の尊厳のみならず残された家族を守るための選択肢となるかもしれません。
2.安楽死や自殺ほう助との違い
尊厳死と混同されがちな言葉に、安楽死と自殺ほう助があります。安楽死や自殺ほう助と尊厳死はどのように違うのでしょうか。
(1)安楽死との違い
安楽死とは、治癒の見込みのない病人を本人の希望に従って、苦痛の少ない方法で人為的に死に至らせることをいいます。
尊厳死との大きな違いは、薬物投与などにより人為的に死に至らせるという点にあるでしょう。尊厳死の場合は、延命措置を行わないだけであり、積極的な死へのアプローチを行うわけではありません。
ただ、安楽死には上記のような積極的安楽死以外に消極的安楽死と呼ばれる方法もあります。消極的安楽死は、延命治措置をせずに自然に任せるという点では、尊厳死と共通しています。
(2)自殺ほう助との違い
自殺ほう助とは、自殺しようとしている人を手助けすることをいいます。積極的安楽死と似ていますが、自殺ほう助と安楽死の違いは本人の意思能力の有無にあるとされます。
安楽死の場合は、医師などの第三者が主体となり、本人の死に関与します。一方、自殺ほう助の場合は、本人が主体となり、第三者が自らの命を絶つ手助けをすることになります。
主体が第三者か本人かという違いと、自殺ほう助の場合は安楽死と異なり、その結果である死へのプロセスが必ずしも苦痛が少なくない手段のものも含まれるという違いもあります。
自殺ほう助については、一部の海外の国や地域では合法とされています。しかし、現在の日本では、安楽死も自殺ほう助も刑法第202条(自殺関与・同意殺人罪)に抵触し、違法となります。
3.尊厳死と日本の法律
現在の日本において、安楽死や自殺ほう助は違法となりますが、尊厳死については法律上どのような扱いになるのでしょうか。
(1)現状は合法化されていない
現在の日本には、尊厳死について明確に規定した法律は存在しません。
終末期医療における治療の変更や継続の判断は、本人が意識を喪失しているなど意思表示ができないケースが少なくないため、本人の家族と担当医との話し合いによって決められることがほとんどです。しかし、家族内での意見の違いなどもあり、その判断は非常に難しいものとなります。
過去には、終末期患者に延命措置を行わなかったことで訴訟に発展した事例や、末期がん患者の人工呼吸器の取り外しに関与した医師が殺人容疑で書類送検された事例もありました。
こうした事件をきっかけに2007年に厚生労働省による「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2019年改訂)が策定されたことにより、現在、「本人とその家族、複数の医師の同意の元であれば延命措置の中止は許容される」という考え方が医療現場では広がりつつあります。
しかし、法制化されたわけではないため、尊厳死は法的にグレーゾーンであるのが現状です。
参考:終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン(厚生労働省公式サイト)
(2)日本における尊厳死法案
超高齢化社会を迎える現代の日本において、尊厳死は無視できない重要なテーマとなりつつあります。
国会内でも超党派議員による「尊厳死法制化を考える議員連盟」が「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」を提出するなど、法制化を進める動きが進んでいます。しかし、様々な理由から反対意見も多く、また尊厳死の定義づけの難しさもあり、2022年現在、法令化には至っていません。
4.尊厳死を選択したい場合はどうすれば良いか
尊厳死は現在の日本において法整備こそされていないものの、一定の条件が揃えば可能な場合もあります。
自分が終末期を迎えた時に、尊厳死を選択するためにはどうすれば良いのでしょうか。
(1)遺言書では叶わない
尊厳死を実現するために遺言書を残すことを考えたことがあるという方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、そもそも遺言書は遺言者の死後に効力を持つものなので、生前の希望について記述しても意味がないでしょう。また、遺言書に記述できることは決まっており、終末医療についての希望を記述することはできません。
(2)エンディングノートには法的効力がない
エンディングノートの記述内容には遺言書のようなルールはなく、介護や終末期医療についての希望を記述することも可能です。
エンディングノートに記述しておくことで、いざという時に家族が見て判断する場合に役に立つ可能性はあるでしょう。
ただし、エンディングノートには法的な効力がないという点には注意が必要です。
エンディングノートに尊厳死を希望する旨を記載しても、家族が「一日でも長く生きて欲しい」「できる限りの医療を受けさせたい」と望んだ場合や、家族間での意見が分かれた場合などは、尊厳死が叶わない可能性もあります。
また、身内の終末期は家族にとっても大変な時期です。エンディングノートの存在を伝えていたのに忘れられてしまうなど、見てもらえない可能性もあります。
エンディングノートに記載するだけで尊厳死を実現するのは現実的には難しいかもしれません。
参考記事:エンディングノートの法的効力と注意点・遺言書が必要なケースは?
(3)生前の意思表明リビングウィル
尊厳死を選択したい場合の手段として、リビングウィルがあります。リビングウィルとは、生前の意思を意味する言葉で、終末期を迎えた時の医療の選択について事前に意思表示しておく文書のことをいいます。事前指示書や生前遺言書と呼ばれることもあります。
尊厳死の難しさは、終末期に本人の意識がないなど意思確認が難しい点にあります。
だからこそ、意思能力があるうちに、自分が人生の終末期を迎える際の思いや医療の希望などをリビングウィルという形できちんと文書化しておくことが重要なのです。
リビングウィルには主に以下のような内容を記載します。
- 延命措置の拒否
- 苦痛の緩和のための医療の希望
- 意識がなくなった時の代理人の連絡先
リビングウィルに決まったフォーマットはないため、普通の紙に自分の言葉で記しても良いですし、どのように書けば良いか分からない場合は例文をネット検索するか、日本尊厳死協会のサイトから文書をダウンロードしたものを使うことも可能です。また、リビングウィルのフォーマットを独自に作成している病院や自治体もあります。
リビングウィルが完成したら、家族やかかりつけ医にコピーを渡し、元本は保険証などと一緒に見つけやすい場所に保管するようにしましょう。
リビングウィルには法的効力はありませんが、近年では提示した際の医師が尊厳死を許容する確率は約95%といわれています。
さらに確実性を高めたい場合は、リビングウィルを公正証書で作成する尊厳死宣言公正証書をおすすめします。公文書化することで、より明確な意思表示として認められやすくなることが期待できます。
5.尊厳死を選択したい方がしておくべきこと
尊厳死を選択したい方がしておくべきことについて説明します。
(1)家族と話し合いを持つ
終末医療や介護について、常日頃から家族と話し合いを持っておくようにしましょう。終末期には本人の意識がないことも多く、家族の判断が大きく影響するからです。
終末期にどのような医療を行うかについては、家族間でも意見が分かれることが珍しくないため、自分の考えを事前に家族に伝えて意思の共有をしておくことが大切です。また、終末期の介護や医療にかかる費用や家族への負担についても考えておきましょう。
(2)早いうちに対策を行う
いざという時は尊厳死を選びたいと考えているものの、「まだ若いから対策は先でいいだろう」、と考えている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、人の寿命は誰にも予測できません。極端な話、明日、交通事故に遭って脳死状態になるということも起こりえます。
尊厳死を望むのであれば、年齢に関わらず、なるべく早期に対策を行うことをおすすめします。
まとめ
今回は、尊厳死の定義、安楽死や自殺ほう助との違い、尊厳死と日本の法律、尊厳死を選択するにはどうすれば良いか、尊厳死を選択したい方が準備しておくべきことなどについて説明しました。
人生の終わりはいつどのようにして訪れるかわかりません。最後まで自分らしく生きたいのであれば、その終末について考えておくことも大切なのではないでしょうか。
苦痛を長引かせるだけの延命措置を断り自然な死を迎えたいと考えるのであれば、早めにリビングウィルや尊厳死宣言公正証書を作成する等の対策を行っておくことをおすすめします。