人が亡くなった後に生じる様々な手続きの中でも、遺産相続の手続きは必要書類が多く、手順も複雑です。相続関係の手続きにはそれぞれ異なる期限が設けられており、最も短いものでは3か月以内に手続きを行わなければいけません。
身内を見送った後、その余韻に浸る間もなく、遺産相続に関する話し合いや相続の手続きを行うことは、残された家族にとって大きな負担となる可能性があります。
遺産相続に関する手続きの負担を軽減するためには、被相続人が生きている間に相続対策を行っておくことが重要です。
しかし、生前の相続対策といっても、何から手を付けていいのか見当もつかない、という方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、生前に遺産相続の準備をしたいという方に向けて、法定相続人の範囲と相続順位、遺産相続が可能な財産、相続に関するトラブル回避のポイント、遺言書を残す場合の注意点、生前贈与のメリットとデメリット、生前贈与を行う場合の注意点などについて解説します。
【 目次 】
1.法定相続人の範囲と相続順位を確認
相続対策を行う際、最初に行う必要があるのは、誰が相続人になるかの確認です。相続人の範囲と相続できるか割合については、民法で定められています。法定相続人の範囲と相続順位、法定相続分について説明します。
(1)法定相続人の範囲と相続順位
法定相続人とは、被相続人(財産を残して亡くなった方)の遺産を受け継ぐことができる人のことをいいます。被相続人の親族全員が法定相続人であるとは限りません。
法定相続人の範囲は民法によって、以下の通り定められています。
- 配偶者
- 子(孫)
- 親(祖父母)
- 兄弟姉妹(甥姪)
その他の親族については、特に指定されない限り、相続人ではありません。
(2)法定相続人の順位と相続分
法定相続人の相続順位と相続分については、民法で定められています。
前提として、被相続人に配偶者がいる場合は、常に相続人となります。ただし、内縁関係の場合は、相続人になりません。
配偶者以外の相続人の相続順位と相続分は以下の通りです。
①第一順位
被相続人の子ども(子どもが死亡しており、その子ども、被相続人にとっての孫がいる場合は、孫が相続人となる。)
相続分:1/2(※複数人存在する場合は人数で割る。)
②第二順位
被相続人の親(親が死亡しており、その親、被相続人にとっての祖父母が存命の場合は、祖父母が相続人となる。)
相続分:1/3(※複数人存在する場合は人数で割る。)
③第三順位
被相続人の兄弟姉妹(兄弟姉妹が死亡しており、その子ども、被相続人にとっての甥・姪がいる場合は、甥・姪が相続人となる。)
相続分:1/4(※複数人存在する場合は人数で割る。)
第一順位がいない場合、第二順位が相続人となります。第一、第二順位ともに存在しない場合、第三順位が相続人となります。
第一、第二、第三順位の相続人がおらず、配偶者が存在する場合は、全ての遺産を配偶者が相続することになります。被相続人に配偶者がいない場合は、順位が上の相続人が全ての遺産を受け継ぐことになります。
同順位の相続人が複数人存在する場合は、相続分を人数で割ることになります。つまり被相続人に配偶者と子どもが2人いた場合、配偶者が1/2、子どもは1/2を人数の2で割り、それぞれ1/4となるわけです。
相続の際にややこしくなりやすいのは、被相続人に離婚歴があり、前妻との間に子供がいる場合や、被相続人自身に義理の兄弟などがいた場合、被相続人が養子であった場合などです。
稀にこうした事実をご自身で把握していないケースもあるため、相続の生前整理をする際には念のため、戸籍を確認してみることをおすすめします。
2.遺産相続が可能な財産を確認
誰が相続人になるか確認した後は、相続可能な財産を確認しましょう。
(1)プラスの財産とマイナスの財産
相続可能な財産には、プラスの財産とマイナスの財産があります。
プラスの財産は、主に以下のようなものが挙げられます。
- 不動産:土地、建物、借地権などの権利
- 金融資産:現金、預貯金、有価証券(株式、国債、社債、手形、小切手など)
- 債権:貸付金債権、売掛金債権、損害賠償請求権、慰謝料請求権、税金の還付金債権など
- 知的財産権:著作権、特許権、意匠権など
- 家庭用財産:家具、自動車、美術品、貴金属類など
マイナスの財産は、主に以下のものが挙げられます。
- 各種ローン:カードローン、住宅ローン、自動車ローン、教育ローン、携帯の月賦契約など
- 未払い金:医療費、税金、家賃など
- 連帯保証債務
プラスの財産よりマイナスの財産の方が大きい場合、相続人が相続放棄を検討すべきケースもあります。相続人に余計な負担をかけないためにも、相続の生前準備を行う際には、可能な限りマイナスの財産の整理をしておくことが大切です。
(2)相続財産に含まれないもの
以下のようなものは、相続財産に含まれません。
- 祭祀財産(祖先を祭るための財産):家系図、墓、位牌、仏壇、仏具など
- 葬祭費、埋葬費
- 死亡保険金
- 死亡退職金(※受取人が被相続人でない場合)
- 遺族年金、死亡一時金
- 未支給年金(※年金受給者が生計を同じくしていた親族(3均等内)が受取可能)
上記については、相続財産でないため相続税はかかりません。また、相続放棄をした場合でも、受け取ることができます。
(3)みなし相続財産とされるもの
民法上は相続財産に含まれないものの、みなし相続財産とされて課税される可能性があるものも存在します。
以下のようなものは、一般的に、みなし相続財産に該当するとされています。
- 死亡保険金
- 死亡退職金
- 個人年金などの定期金を受け取る権利
- 生命保険の解約による払戻金や満期保険金などを受け取る権利
- 遺言によって返済の免除を受けた債務
- 被相続人から被相続人が亡くなる3年以内に贈与された資金や不動産
上記は、相続財産ではありませんが、みなし相続財産として課税される可能性があります。
死亡保険金と死亡退職金については、それぞれ500万×相続人の数までの金額については非課税枠となります。つまり、相続人が3人いる場合は、1500万円以下であれば課税されないということです。
みなし相続財産は判定が難しいため、正確に知りたい場合は専門家に相談することをおすすめします。
3.遺産相続に関するトラブル回避のポイント
相続人が誰であるかとどのようなものが相続財産となるか確認できた後は、実際に遺産相続が発生した時にトラブルを回避するための対策を行っていきましょう。
(1)遺産の目録を作成する
遺産相続のトラブルを回避するためには、第一に遺産の目録を作成することをおすすめします。
作成する際には、前述したプラスの財産とマイナスの財産の両方を記載するようにしましょう。
遺産の目録があれば、どのような遺産がどこにどれだけあるか一目で知ることができるため、相続の際にも話し合いや手続きをスムーズに行うことができるでしょう。
遺産の目録があるだけで、多少は相続の際のトラブルを軽減できると思います。
しかし、目録を作成しただけでは、相続のトラブル対策としては不十分かもしれません。
相続人が複数人いる場合は、誰がどの財産を相続するかという問題があるからです。
(2)遺産分割を行う
相続の割合については、前述した通りですが、どのように分けるかについては、通常、被相続人が亡くなった後に遺産分割協議(相続人同士の話し合い)によって決めます。遺産相続で最もトラブルが起きやすいのは、この遺産分割協議かもしれません。
特に、遺産の中での不動産が占める割合が多い場合は、評価額が一定でないことや分けることができないという性質上、もめる原因になりやすいです。また、もし相続人の中に認知症の方がいた場合、成年後見人を立てる必要があるなど、遺産分割がスムーズに行かない要因となる可能性が高いです。
自分が残した遺産によって家族が争うことは、誰もが避けたい事態でしょう。
相続争いを回避するためには、被相続人自身が生前にどの財産を誰に残すかを決めた上で、そのことについて相続人を交えて話し合い、納得してもらうことが重要です。
(3)遺言書を作成する
遺産分割については、後々の争いを避けるためにも、きちんと文書化しておくことをおすすめします。遺言書として残しておくと、より確実でしょう。
遺言書で全ての遺産の行き先が定まっている場合、遺産分割協議書を作成しなくても相続が可能となりますので、相続の手間を減らす効果もあります。
4.遺言書を残す場合の注意点
遺言書を作成する場合、どのような点に注意が必要なのでしょうか。特に注意すべき点について説明します。
(1)自筆証書遺言は書き方に注意が必要
遺言書には主に自筆証書遺言と公正証書遺言があります。
自筆証書遺言というのは、遺言者が自分で書く遺言書です。遺言書を作成しようと思った場合、真っ先に思い浮かべるのがこの方法だと思います。
自筆証書遺言は思いついたその日に、すぐに作成できるというメリットがありますが、その書き方にはいくつかのルールがあります。
- 全て自筆で書く
- 作成日を書く
- 署名・捺印をする
ワープロで作成したものや、作成日、署名捺印がないものは、無効となってしまうため注意が必要です。また、自筆証書遺言は紛失や、発見されないといったリスクもあります。
もう一つの方法は公正証書遺言です。これは公証人によって作成してもらう方法で、現在、遺言書を残す方の多くが、公正証書遺言を選択しています。公正証書遺言は、自分で書くだけの自筆証書遺言と異なり、作成するためには費用が掛かります。しかし、公証人が作成するため、自筆証書遺言のように不備により無効になるという心配はありません。
また、自筆証書遺言は遺言作成者の死後、家庭裁判所による検認という作業が必要になりますが、公正証書遺言の場合はこの検認は省略されます。検認の手続きには2か月程度の時間を要するため、相続にかかる時間を短縮したい場合や確実性の高い遺言書を作成したい場合は、自筆証書遺言より公正証書遺言の方がよいでしょう。
(2)遺言を残したことを相続人に伝えておく
遺言を作成した場合は、確実に見つけてもらえるよう、相続人に遺言書を残したことを伝えておきましょう。この際、忘れられてしまうことなどを避けるためにも、一人の相続人ではなく、できれば全員に伝えておくことが望ましいでしょう。
遺言書の存在を相続人に知られたくない場合は、以下のような方法を検討してもよいでしょう。
- 遺言執行人を選任して預ける
- 弁護士などの専門家に預ける<
遺言書の預け先については以下の記事で詳しく説明していますので、ぜひご参照ください。
参考記事:遺言書の預け先を決める際の注意点・信頼できる預け先とは?
(3)遺言通りに財産が分けられるとは限らない
遺言を残したとしても、必ずしも遺言書通りに遺産が分配されるとは限りません。
相続人全員が承諾した場合は、遺言書に記載されている内容と異なる分配方法で遺産を分割することが可能だからです。
また、一定範囲の相続人には遺留分があります。遺留分とは、最低限の財産を受け取る権利のことをいいます。
遺言書に「すべての財産を孫に残す」と記載されていたとしても、配偶者と子どもには遺留分があるため、遺言書に記載された通りにはならない可能性があるのです。
5.生前贈与のメリットとデメリット
遺産相続の生前対策として、生前贈与を考えているという方も多いのではないでしょうか。生前贈与にはメリットもありますが、デメリットもあります。生前贈与のメリットとデメリットについて具体的に説明します。
(1)メリット
①節税効果が見込める
生前贈与の最大のメリットは節税効果が見込めることでしょう。
基本的に、相続税より贈与税の方が税率は高いのですが、毎年1月1日から12月31日までの1年間の贈与額が110万円以下の贈与については、非課税になるとされています。これを暦年贈与といいます。
暦年贈与は一人につき110万円なので、子ども2人と孫3人に対してそれぞれ110万ずつ贈与すれば、計550万円分を非課税で贈与することが可能となります。
暦年贈与によって相続財産を減らせば、その分の相続税を節税できます。
②法定相続人以外にも贈与できる
相続の際には、特に遺言で指定しない限り、法定相続人にしか相続させることができません。しかし、生前贈与であれば法定相続人以外にも財産を渡すことが可能です。
③財産の譲渡を見届けることができる
遺言を残しても、自分の死後、自分が希望した通りに財産が分配されるとは限りません。しかし、生前贈与を行えば、財産の贈与を自分自身で見届けることができます。
(2)デメリット
①節税にならない可能性もある
生前贈与のデメリットは、節税にならない可能性があることです。
生前贈与で特に気を付ける必要があるのは、以下の2つのケースです。
- 税務署から定期贈与とみなされた場合
- 贈与後3年以内に贈与者が亡くなった場合
通常、年間110万円以下の贈与は非課税ですが、例えば、毎年100万円を10年間に渡って定期的に贈与した場合、税務署から定期贈与とみなされ1000万円分の贈与税を請求される可能性があります。
また、贈与者の死後3年以内の贈与については、相続財産とみなされるため、遡って相続税が課税されるという規則があります。ただし、贈与した相手が法定相続人でない場合は3年以内の贈与であったとしても、相続税の対象とはなりません。
上記のように非課税で贈与したつもりでも、課税対象となる可能性があるので、注意が必要です。
他にも、不動産については、生前贈与より相続の方が小規模宅地の特例などが利用できるため、節税できる可能性が高いです。
②推定相続人との関係が悪化する可能性
生前贈与を行う際に、相続人以外や特定の相続人にのみ贈与を行った場合、財産を受け継ぐ予定だった推定相続人との関係が悪くなる可能性があります。
自分の財産をどうするのも自分の勝手だと考えるかもしれませんが、代々受け継いできた財産を他人に譲ってしまうことや、一人の相続人のみを優遇するようなことがあれば後々深刻なトラブルにもなりかねませんので、生前贈与を行う際は推定相続人とも話し合い、理解してもらうことをおすすめします。
6.生前贈与を行う場合の注意点
生前贈与を行う際は以下の点に注意しましょう。
(1)非課税枠を超えないように注意する
贈与税の非課税枠は、前述の通り年間110万円です。「税金を払ってもかまわないから生前贈与をしたい」という場合を除き、生前贈与は節税のために行う方が多いと思いますので、非課税枠を超えないように注意しましょう。
(2)贈与者の生活を圧迫しない程度で行う
生前贈与を行う際、相続税を減らしたいがために、預貯金の大部分を贈与してしまうと、贈与者がその後生きていく上で、生活に困窮することになりかねません。自分の生活を維持するのに必要な資金は余裕をみて計算した上で、余剰金がある場合に限り生前贈与を行うようにしましょう。
(3)遺留分を侵害しないように注意する
被相続人が生前贈与した財産についても、遺留分が認められるケースがあります。
つまり、遺留分を侵害する生前贈与を行っていた場合、贈与を受けた方は他の相続人から遺留分相当の支払いを求められる可能性があるのです。
トラブルを防ぐためにも、遺留分を侵害した生前贈与を行うことは避けた方が良いでしょう。
(4)なるべく早期に行う
前述した通り、生前贈与の非課税範囲内で贈与を行った場合でも、贈与者が3年以内に亡くなった場合、遡って相続税が請求される可能性があります。年齢を重ねる程、3年以内に亡くなるリスクが高くなるので、生前贈与を考えている場合は、なるべく早期に行った方がいいといえるでしょう。
また、2022年現在、暦年贈与の廃止や生前贈与加算の年数を伸ばすことが検討されています。生前贈与を検討中の方は、今後の法改正にも注意しておきましょう。
まとめ
今回は、法定相続人の範囲と相続順位、遺産相続が可能な財産、相続に関するトラブル回避のポイント、遺言書を残す場合の注意点、生前贈与のメリットとデメリット、生前贈与を行う場合の注意点などについて解説しました。
自分の遺産の行方を自分で決めたい場合や、家族の相続に関する負担を軽減したいという方は、生前に今回ご紹介したような相続対策を行っておくことをおすすめします。
遺言書の書き方や遺産分割の方法について、わからないことがある方やどうすれば良いのかお悩みの方は、相続に詳しい法律の専門家に一度相談してみてはいかがでしょうか。