夫や父親が高齢で入院中・会社の会長的存在の方が入院中といった方の中には、遺産をどう扱っていくか検討中の方がいらっしゃいます。
あまり大きな貯金とかはなさそうだし、欲は言わないからなるべく面倒なこと・もめごとを避けた方法を取りたいと希望する場合があります。
この遺産・遺産放棄の手続きは、状況次第でとても複雑になる場合があります。そして人間関係に影響を及ぼす場合があり、この影響の範囲は家族・親戚関係になることもあります。遺産手続きで主導権を握る立場の方は、難しいかじ取りを担うわけです。
そこで今回はこの遺産につきまして遺産放棄(財産放棄)という観点から、相続放棄との違いにも触れながら解説致します。
1.遺産相続とは?
(1)遺産とは
遺産とは被相続人が亡くなった時に、残っているプラスの財産とマイナスの財産のすべてのことを指します。
下記で具体例を示します。
①一般的にプラス財産となるもの
- 現金・有価証券:現金・預貯金・株券・配当金・小切手・売掛金・貸付金など
- 動産:自動車・船舶・家財・宝石・貴金属・骨董品・美術品など
- 不動産:宅地・山林・建物(マンション・アパートなど)・事務所・借地権・借家権など
- その他:慰謝料請求権・損害賠償請求権・ゴルフ会員権など
②一般的にマイナス財産となるもの
- 負債:借金・買掛金・住宅ローンなど
- 税金関係:未払いの所得税や住民税など
- その他:未払い分の医療費・損害賠償金・未払い分の家賃や地代など
(2)相続対象者
相続人が複数名いる場合は、相続財産(遺産)は相続人全員の共有になることとなっています(民法898条)。
(3)遺産分割不可能な相続財産
被相続人が残した相続財産の中で、相続人に受け継ぎができない財産があります。これは法律用語で「一身専属権」と呼称されるものです。
例えば、司法書士・医師免許などの資格です。司法書士の親が亡くなったので、子供が相続して司法書士になれると言わけではありません。
これら資格については、相続できないと想像するのが難しくはないです。他にも相続できないものを記します。
- 親権など(一身専属的な権利)
- 香典・弔慰金・生命保険・遺族年金など(ただし生命保険・遺族年金については別の措置あり)
- 墓地・墓石・仏壇・祭具など
意外なのは親権ではないでしょうか。身近な方・親族などがそのまま相続できそうな気もします。
2.遺産の調べ方
一般的に遺産の大きな割合を占めているのは、不動産と預貯金関係です。
(1)預金通帳と郵便物から調査
①預金通帳からわかること
お金の流れを把握できる・把握する糸口になります。
②郵便物からわかること
- 財産を管理している銀行や信託会社
- 不動産の管轄市町村(固定資産税の支払い)
③名寄帳
名寄帳というのは、あまり聞き慣れない方が多いのではないでしょうか。
役所で取得でき、その役所内にある課税不動産のすべてが掲載されますので便利です。
ただしこの名寄帳には、課税されている不動産しか掲載されませんので注意が必要です。
④他手掛かりになるもの
市役所や税務事務所などからの固定資産税の通知書は、被相続人所有の不動産把握につながります。そして固定資産税通知書に記載されている、土地の地番や建物の家屋番号から法務局での登記簿謄本取得にもつながります。
このように官庁・銀行などの金融機関からの書類は重要なので、捨てずにわかりやすく保管するのが重要となります。
問い合わせ先がある程度理解できたところで、調査開始となります。
(2)必要書類を集めて調査開始
一般的に財産調査に必要となる書類は、
- 被相続人の死亡を証する戸籍謄本
- 請求者が相続人であることを証する戸籍謄本
- 相続財産(遺産)の資料がわかるもの(通帳や郵便物など)
- その他本人確認書類
です。
(3)ローンの処理
通帳などの記載履歴から、ローンの状況把握が必要となります。
①住宅ローンと団体信用生命保険
住宅ローンについて団体信用生命保険に加入している場合は、ローン負債に対して保険会社から返済がなされますのでこちらの請求手続きが必要となります。
②住宅ローンと抵当権抹消
一般的に住宅ローンを組む際に、金融機関が自宅不動産へ抵当権を設定します。
団体信用生命保険の方法でローンの処理ができたら、この抵当権の抹消手続きも必要です。
通常抵当権の抹消手続きは、司法書士の方に依頼する手続きとなります。
3.遺産放棄(財産放棄)とは?
遺産放棄(財産放棄)とは、相続の対象となる方が「自分は財産を相続しません」とあくまで話し合いの中で決めた手続きのことです。
この手続きにはまず「遺産分割協議書」という書類があり、各々の財産に対しどのように分け合うのか・扱うのかを記すものです。
具体的には「遺産分割協議書」にて、各々の財産に対し「相続する」「相続しない」の意思・気持ち・考えを示します。
遺産分割協議終了後に他の財産があると判明した場合には、再度話し合いの必要があります。
4.遺産放棄と生命保険
(1)生命保険は受け取れます
まず遺産放棄をしても、生命保険は受け取りが可能となります。留意点として、受取人は被相続人以外の方にしておいた方がよいという点です。
受取人を被相続人以外の方にしておくということで、生命保険金は相続人固有の財産とみなされるという背景事情があります。
(2)税金に注意
ただし状況・誰が保険金受取人になっているかによって、税金が生じる可能性がありますので前もった熟慮・留意が必要となります。
5.遺産放棄(財産放棄)と相続放棄の違いとは?
(1)法律上の意味
相続放棄は家庭裁判所に申述手続きを行い(民法938条)、書類や審議内容に問題がなければ受理されます。そして家庭裁判所から相続放棄受理通知書が届いたら、相続放棄が認められたという状況となります。
つまり、「初めから相続人ではなかった」として扱われるようになるということです。
後に債権者から支払い督促が来ても、支払いに応じる必要はありません。
これに対し遺産放棄(財産放棄)というのは、法的制度の名称ではありません。
(2)遺産放棄(財産放棄)の場合は支払いを拒否できません
相続放棄ではなく遺産放棄(財産放棄)をしていた場合には、債権者からの支払い請求を拒否はできません。
被相続人が連帯保証人であったなどというような負債事項が関連していますと、同様にトラブル・手間暇が生じる可能性もあります。
ありがちなケースとして「自分は、財産は一切いらないから」と口頭で相続人全員・相続人のうちの複数名に伝えたから、借金をはじめとした負債とは一切の縁が完全に切れたと思い込む方がいらっしゃいます。しかしながら家庭裁判所へ相続放棄手続きをしていないので、債権者からの請求は止められません。
ここでは、何のための遺産分割協議書なの?と疑問に思った方もいらっしゃるでしょう。次に遺産分割協議書の意味を説明致します。
(3)遺産放棄(遺産分割協議書の)意味
先程遺産分割協議書とは、各々の財産に対する意思表示と記しました。
実は産分割協議書とは、法律上必ず作成しなければならないものではありません。
相続財産に不動産が含まれる場合があるとします。不動産の名義変更(登記手続き)・相続税の申告の際に、遺産分割協議書の提出を求められます。
このように法的有効性があるといいますか、法的に必要となるわけです。
6.財産放棄と相続放棄、どっちを選択すべき?
(1)負債を処理できる・遠い親戚に迷惑をかけたくない時は財産放棄
相続にて借金があるというだけで「もう借金嫌やし面倒やし、相続放棄でいいやん!」となる心境はわからなくはありません。
しかしながらその借金の額を聞くと数十万単位・百万円・二百万円・数百万円という場合も少なくありません。
この程度の額ならば、数人の相続人で割れば何とかならない額でもない傾向があります。そして相続放棄ではなく遺産放棄の方を選択することで、家・土地など守りたいものを手放さずに済む可能性があります。
また中には相続放棄することで、遠い親戚に迷惑をかけるのが嫌だ・諸々の事情で絶縁して平穏な生活を保てているのにまた縁ができるのが嫌だという方もいらっしゃいます。
このような場合には相続放棄でなくて、遺産放棄(財産放棄)がおすすめという場合があります。
(2)遺贈したいものがあるとき
負債はそう大きくない・遺贈したいものがあるときも、遺産放棄(財産放棄)がおすすめの場合といえます。遺産放棄・遺産分割協議書にて遺贈の内容を記しておくという形になります。
※遺贈とは:遺言によって財産を無償で譲ることを指します。譲る相手(受遺者)に関して、特に制限はありません。被相続人の意思があれば、完全なる他人が受遺者になることすら可能です。
(3)処理できる負債でない時は相続放棄
時間をかけていろいろな専門家にも相談してあーだこうだといろいろ考えたけど、やはり相続人全員でもってしても処理できる負債でないという時には相続放棄がおすすめといえます。
相続人の人生をつぶすような事態になってでも、負債と闘うという考えには妥当性が欠けます。
7.まとめ
以上遺産放棄(財産放棄)について述べてきました。遺産放棄(財産放棄)の大きな特徴として、遺産分割協議書が関係してくるということです。
この遺産分割協議書は、不動産の名義変更(登記手続き)・相続税の申告の際に必要となります。
そしてもう一つ大きな特徴として、債権に対しては対抗能力をもたないということです。
この点にはトラブル防止のために、念には念を押した注意が必要といえます。
上記のような検討プロセスで遺産放棄(財産放棄)か相続放棄のどっちの方がよいのかを、時間をかけて分析する必要があります。
このような考え方も参考に遺産放棄(財産放棄)を効果的に利用すれば、より良い事態につながる可能性があります。