相続において一般的にプラス資産があれば喜ばしいことと思われがちですが、中には借金のみが残りどう処理していけばよいか途方に暮れる方もいらっしゃいます。家族・身内・知り合いなどに法学部出身者や法律業務に詳しい方がいれば難なく処理できるかもしれませんが、世の中この限りではありません。
あてのある相談先がない方は、相談先を手探りで探すことからスタート・家を売って返済金を調達する必要があるのか・自分の生命保険を解約して費用を工面しないといけないのかなどといった誠に気の毒な心境になる方もいるかもしれません。
ただ借金のみが残った時でも相続放棄・限定承認という方法があるのです。これらの方法を使えば、家を売る・生命保険解約などといった我が身を切る手段を取らずとも解決が可能です。
そこで今回はこの遺産による借金を背負わない方法につきまして、相続放棄・限定承認等にも触れながら解説します。
【 目次 】
1.相続による借金は必ずしも背負う必要はありません
借金というと、一般的には全額返済という考え方で知られています。
ただ相続によって、相続人からみたら何の落ち度もない借金ができる可能性があります。
この相続による借金に対しては一般的な借金返済方法以外にも、相続放棄・限定承認という方法で責任を背負わないという処理の仕方があります。
以下でこの相続放棄・限定承認ということについて、話が展開されます。
2.相続放棄そのものの説明
相続放棄とは、相続権を放棄するということです。相続権を放棄するということは、負債(遺産の借金)を背負う責任の免除が可能ということにもなります。
このことにより、近年この相続放棄手続きをする方が増えている傾向があります。
(1)相続放棄と生命保険
生命保険金の受取人が相続人の場合、生命保険金の受取はできます。
ただ生命保険金の受取人が被相続人(亡くなる方)になっている場合、この生命保険金も相続物になりますので放棄したら受け取れません。
(2)必ずしも完璧な方法ではない
仮に相続を放棄しても自分が全く知らないところで、被相続人名義の土地・空き家などがあり後日何らかの請求がある可能性も完全には否定できません。
相続放棄をしても、法定相続人に不動産の管理義務が残ると民法で規定があります(民法940条)。
このような事態にならぬよう、なるべく生前に被相続人名義の土地・空き家などについて相応の手続きが求められます。
(3)事実上の相続放棄
以下の要件を準備することで、相続放棄と類似した効果をもてる事実上の相続放棄という方法があります。
- 遺産分割協議における自己の取得分を「0」とする合意
- 特別受益証明書の作成
- 相続分の譲渡
- 相続分の放棄
ただこの方法は相続した資産の名義変更や解約などで必要とされるもので、第三者に対抗できません。
つまり負債に対して法的効力は発揮されませんので、この手続きをしたから負債からは解放されるというわけではないので注意が必要です。
3.相続放棄の段取りについて
(1)相続放棄に必要な書類
- 亡くなった方の戸籍謄本
- 亡くなった方の住民票または戸籍の附票
- 相続放棄する方の戸籍謄本
- 相続放棄申述書
- 収入印紙800円(申述人1名につき)
- 郵便切手
(2)提出する裁判所
提出する家庭裁判所は、亡くなった方の最期の住所地を管轄する家庭裁判所となります。
(3)相続放棄手続き期限
①原則3ヶ月以内
相続放棄の申請手続きは、自身に相続が始まったことを知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所に申述する必要があります。
被相続人(亡くなった方)が亡くなってから3ヶ月過ぎてしまうと相続放棄手続きができないというわけではなく、厳密には相続が発生した出来事を知ってから3ヶ月となります。
何年も連絡を取っていなかった親戚が亡くなってから時間がたっている場合、亡くなったことを知ってから3ヶ月以内となります。
②申述期間伸長の申請
何らかの事情で3ヶ月以内の手続きが、困難な場合もあり得ます。この際には「相続放棄のための申述期間伸長の申請」という方法があり、家庭裁判所へ申請となります。
留意点としてこの申請も、相続の開始を知ってから3ヶ月以内に行う必要があるということです。
③3ヶ月の期限を過ぎたら困難が予想されます
3ヶ月経過している場合は、相続放棄手続きは非常に困難ではと想定されます。
このような場合は、期限越えの相続放棄手続き実績がある事務所への相談がおすすめとなります。
(4)受理通知書で手続き完了
「相続放棄申述受理通知書」が届いたら、相続放棄が認められたと同時に相続放棄手続きが終了ということです。
4.限定承認という方法も
(1)限定承認とは
限定承認とは相続で得られたプラス財産の範囲内でのみ、被相続人(資産などを遺して亡くなる本人)の債務及び遺贈を弁済するという留保付きの相続承認の方法のことです。
多額の借金が残りながらも、被相続人が亡くなった後何らかの現金化できる資産が発覚した場合債務の弁済にあてられる可能性があります。
(2)債権者との関係を保てる可能性
相続放棄では負債を背負うことから解放されます。ただこれによって、これからも諸々の事情で人間関係を保っていきたい方との縁まで完全に切れてしまう可能性があります。
限定承認は人間関係を維持していくための手段の一つとも考えられます。
(3)みなし譲渡所得税(所得税法59条)の存在
あまり多くはないケースですが、仮に被相続人が亡くなった後に相続可能な不動産が発覚したとします。そしてこの不動産が十分に賃料債権を生じ得る賃貸アパートなどの場合、限定承認によってこのアパートを取得し債務を弁済していけるという可能性があります。
ただこの考えを選択した場合、みなし譲渡所得税(所得税法59条)を支払う必要性がありますので注意が必要です。
仮に相続した不動産の評価額が、相続発生時点で取得時より値上がりしているとします。こうなると限定承認では、この値上がり分に対して課税があるのです。
ただこの限定承認というのは、手続きがとても複雑で手間がかかります。
次に、この限定承認手続き方法が説明されます。
5.限定承認の手続き方法
まず重要事項として限定承認には、相続人全員の同意が必要となります(誰かが相続放棄したら話は別)。
(1)限定承認に必要な書類
- 申述書
- 財産目録
- 被相続人の出生時から死亡時までのすべての戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人全員の戸籍謄本
(話・状況次第では他の戸籍謄本が必要になる場合もあります) - 収入印紙800円(申述人1名につき)
- 郵便切手
財産目録には①不動産・預貯金などのプラス財産、②住宅ローン・借金などのマイナス財産が記されます。
(2)申述後の流れ
①相続財産の清算の開始
限定承認者には次の管理義務(民法926条)や権利が生じます。
- 相続債権者および受遺者に対する報告義務(民法645条)
- 受取物の引渡義務(民法646条)
- 管理事務の費用について相続財産から償還できる権利(民法650条)
②相続債権者および受遺者に対する公告および催告
限定承認者または相続財産管理人は、限定承認をした5日以内(相続財産管理人の場合は10日以内)にすべての債権者および受遺者に対して以下の旨を公告・催告する必要があります。
- 限定承認した旨
- 2カ月以上の一定の期間内にその請求の申出をすべき旨
- 期間内に申出をしない場合、相続債権者および受遺者は弁済から除斥する旨
③相続財産の換価
当該相続財産を換価するため売却の必要性が生じた場合は、競売に付す必要があります。
④相続債権者および受遺者に対する弁済
相続財産の換価完了後・相続債権者および受遺者に対する公告期間の満了後に、次の1.~4.の順で債権額の割合に応じて弁済がなされます。
- 1.先取特権や抵当権などの優先権を有する債権者(民法929条ただし書き)
- 2.公告・催告期間内に申出があり、または相続債権者(民法929条本文)・弁済期未到来債権・条件付債権・存続期間の不確定な債権(民法930条)
- 3.公告・催告期間内に申出があり、または知れている受遺者(民法931条)
- 4.さらに残余財産があれば、申出をせず・または知れなかった相続債権者および受遺者(民法935条)
6.相続放棄手続きが難しい要因と予めしておける準備
(1)難しい要因
負債相続問題は、難しい問題であるとも考えられています。
相続放棄にしても限定承認にしても期間延長申請という方法はありますが、被相続人が亡くなってから原則3ヶ月というのは意外と早く経過するものです。
家族・仕事関係者などといった手続きを手伝ってくれる方がいる場合は別ですが、相続人が一人でこの作業をするのは様々な困難があるのも予想されます。
そして負債相続問題に強い士業者といった専門家が、他の問題と比べて多くないということもあります。
この原因としては簡潔にいうと士業者からみて、負債相続問題の仕事が大きな報酬を得られる傾向と思える業務とは言い難いということがあります。
(2)相続放棄に向けて予めしておける準備
①被相続人から話を聞いておく
できれば元気なうちに被相続人から、負債・連帯保証人などの情報について詳細に話を聞いておくのが大きなポイントの一つといえます。
②亡くなってからの作業・手続きを把握しておく
下記の手続きをする必要があります。
- 死亡届
- 生命保険請求手続き
- 未支給年金・遺族年金受給手続き
- 遺言の有無確認
- 相続人調査・相続財産調査
特に相続人調査・相続財産調査は、手間暇がかかる作業の一つと考えられます。
7.まとめ
以上遺産による借金の責任から、解放される方法について述べてきました。相続放棄の方が簡単な方法ともいえますが、話と状況次第では複雑ではありますが限定承認も有効な手段ではないかとも考えられます。
相続遺産によって借金で困っている皆さん・近い将来困る兆しがある皆さん、自分の家や財産などを処分して済ます前に相続放棄や限定承認を検討・利用なさってはいかがでしょうか。