親が死亡した時に真っ先にすべきこと、考えるべきことといえば、お通夜や葬式の手配はもちろんのことですが、もう1つ現実的な案件に取りかからなくてはなりません。
それが遺産相続です。
親の残した遺産は、親の遺言、もしくは遺言書通りに処理されるか、遺言がなければそのまま優先順位の最も高い法定相続人に相続されることになり、手続きも不要です。
これを単純承認と言います。
手続きなしで相続が完了するのであれば何も考える必要はない、と思われるかもしれませんが、実際にはそういうわけにはいきません。
なぜなら、相続遺産の中に借金のような負債が含まれている可能性があるためです。
遺産といっても預貯金や株券、不動産といった資産だけではなく、借金や滞納した税金のような負債も全て含めて相続遺産になるのです。
親の遺産が資産のみならば、相続税の支払いを除けば何も考える必要はありません。
しかし、遺産の多くが負債ならば相続人である子供は、親の負債をそのまま負担することになってしまうのです。
そこで子供に与えられた選択肢はたった2つです。
親の相続遺産を全て単純承認するか、それとも遺産全ての相続を放棄するか。
相続人は相続開始から3ヶ月という期間内に相続遺産の全てを調査し、調査結果に基づいてより良い選択をしなければなりません。
この期間を熟慮期間と言います。
本来ならば、熟慮期間の間に相続遺産の調査を実施し、より良い選択をするための調査結果を得なければなりません。
しかし、何らかの事情により相続遺産調査が難航し、熟慮期間に調査が終了せず、なし崩し的に単純承認に至ってしまうこともあります。
単純承認後に全く想定もしていない金融業者から借金返済の督促状の通知が届いたとしても、相続した子供に逃れる術はありません。
今回は、十分な調査ができないまま単純承認し、相続遺産の負債を負担することになった場合の対策ついてお話いたします。
【 目次 】
1. 相続財産の総額の算出法
被相続人(ここでは親)の相続財産を相続するか否か。
その選択を確実に行なうためには、相続財産の総額を算出しなければなりません。
もちろん資産だけではなく、負債も含めた総額です。
被相続人の相続財産が、預貯金や借金だけでなく不動産や株券、会社の経営権の承継など多岐にわたる場合、これら全てを算出するのは極めて困難であり、専門家の手を借りても数ヶ月もの期間を要してしまいます。
特に、不動産や会社の経営権などは金銭価値への換算も非常に難しく、専門家ごとに全く異なる金額がはじき出されることも十分考えられます。
そのため相続遺産の総額は、財産の価格を決める一定の規則である「財産評価基本通達」をもとに求めることになります。
金銭価値に換算しにくい相続財産も、一定の基準を設けることにより金銭価値が判明し、相続財産の総額が算出しやすくなります。
それでもやはり相続財産の調査は専門家に任せるべきであり、法や税の知識がない者が単独でできるほど簡単なものではありません。
相続財産は多種に及びますが、それらを資産(プラスの財産)と負債(マイナスの財産)に分けて以下に解説いたします。
2. プラスの財産に含まれるもの
一言でプラスの財産、といってもその種類は非常に多く、中にはプラスの財産であるにも関わらず管理の手間や納税義務などにより、実質マイナスの財産となるものもあります。
プラスの財産を4つのグループに分けて以下に示します。
不動産と不動産上の権利
宅地、農地、建物、店舗、居宅、借地権、借家権など
現金・有価証券
現金、預貯金、株券、貸付金、売掛金、小切手など
動産
自動車、家財、船舶、骨董品、宝石、貴金属、美術品など
その他
電話加入権、ゴルフ会員権、著作権、慰謝料請求権、損害賠償請求権など
現金や有価証券の類はプラスの財産そのものですが、宅地や土地といった不動産は管理義務や固定資産税のような納税義務が発生する財産です。
もちろん事業などで有効利用できるならば価値ある財産に違いありませんが、使い道もなくただ所有するだけでは実質マイナスの財産となってしまいます。
他にも慰謝料請求権や損害賠償請求権などは、その多くが、被相続人が事業行なう中で得た権利です。
相続人がそれらを財産として活かすのは困難である可能性が高くなります。
なお、被相続人に生命保険がかけられていた場合、被相続人の死亡により保険金がおりることになりますが、これは相続財産には該当しません。
3. マイナスの財産に含まれるもの
いうまでもありませんが、マイナスの財産そのものは決して相続したくない財産です。
以下にマイナスの財産の例を示します。
負債
借金、買掛金、住宅ローン、小切手など
税金関係
未払いの所得税と住民税、その他未払いの税金など
その他
未払い分の家賃・地代、未払い分の医療費など
住宅ローンなどは負債に違いありませんが、購入した土地や宅地を所有していることを踏まえると、一概にマイナスの財産とも言えません。
相続人それぞれに事情があるので、それを十分に考慮する必要があります。
4. プラスとマイナスの財産の相殺方法
相続遺産の調査不十分のままプラスとマイナスの財産の混在した相続財産を、相続人が単純承認してしまった場合はどうすれば良いのか。
もちろん相続財産の調査を続行し、いち早く財産の全貌を明らかにしなくてはなりませんが、同時に借金のようなマイナスの財産の返済方法についても検討しなくてはなりません。
ただ、相続財産の中のマイナスの財産をプラスの財産で返済することができれば、相続人にとっては大きなメリットであると思われます。
そこで、プラスとマイナスの財産の相殺方法についてお話いたします。
まず相続財産の調査結果で、プラスもマイナスも含めた全ての財産が判明したとします。
そこで算出されるのが相続税です。
一定額以上のプラスの財産は課税され、マイナスの財産には控除が適用されます。
つまり、相続財産の調査を実施することで、実質、税の負担が軽くなるか、相続税がかからなくなることもあります。
相続にかかる税は非常に複雑なので、相続人は独自で判断せずに税理士や相続問題を専門とする事務所に相談しましょう。
では、実際のマイナスの財産はどう扱えばいいのか。
もちろん弁護士や司法書士のような専門家のサポートのもとで実施することが大切ですが、相続財産の中にプラスの財産があればそれで返済することができます。
現金や預貯金があれば、直接それらを返済に回せば債務を簡単に処理することができます。
しかし、それ以外のプラスの財産で直接債務を処理するのは困難かもしれません。
一旦売却して現金にすれば、その売却益で返済が可能ですが、そこには税金の問題が発生します。
プラスの財産及びマイナスの財産を全て把握して、そこから債務整理を行なう必要があるでしょう。
ただし、プラスの財産及びマイナスの財産を全ての把握が困難と予想される場合、相続人は限定承認という手続きを取ることができます。
限定承認とは、相続によって得たプラスの財産の限度で、債務の負担を引継ぐという手続きのことであり、この手続きをすることにより相続人は、プラスの財産を超える額の負債を負担することがなくなります。
ただし、限定承認の承認にはいくつかの条件をクリアする必要があり、そのうちの1つが相続人全員の承認です。
他の相続人が疎遠になっている場合は手続きが困難になるので、早めに相続人同士で協議の場を設けるなどしておくべきでしょう。
5. 相続税の債務控除とは
ではここで、相続にかかる税金について少し詳しくお話いたします。
まず相続人には相続税の基礎控除が適用される可能性があります。相続する額がある一定の額を下回る場合、基礎控除が適用され相続税はかかりません。
一定の額は、以下の計算式で算出されます。
3000万円+(600万円×法定相続人の数)=相続税の基礎控除額
例えば、法定相続人が3人の場合の一定の額を算出すると4800万円となります。
つまり、相続する額が4800万円以下であれば、相続税はかからないということになるのです。
では、一定の額を超える額を相続した場合はどうなるのか。
基礎控除以外にも被相続人と相続人との関係や相続人の特質等次第で税額控除が適用される可能性があります。
税額控除の種類は以下の6種類です。
- 贈与税額控除
- 配偶者控除
- 未成年者控除
- 障害者控除
- 相次相続控除
- 外国税額控除
各控除の詳しい説明は割愛しますが、基礎控除を超える額を相続した場合も、相続人はこれらの控除が適用される可能性があります。
詳しくは理士等の専門家に問い合わせてみましょう。
相続では、他にも債務控除が適用される可能性があります。
債務控除とは、すでにお話したプラスの財産とマイナスの財産の相殺することによる控除であり、例えば、基礎控除を上回る額の遺産を相続した場合でも、相続財産の中の負債額を差し引くことで控除が適用される可能性があるのです。
債務控除の対象となる債務を法の言葉で表すとこうなります。
「亡くなった人の債務で、亡くなった際、現に存在するもので、確実と認められるもの」
わかりづらい表現ですが、つまり「亡くなった人の債務で支払うことが確定しているものはプラスの財産から差し引くことができる」ということです。
プラスの財産が大きいと税の負担も大きくなりますが、債務控除することで税の負担を軽くすることもできます。
場合によっては相続税が発生しないということもあります。
では、具体的に債務控除の対象となるマイナスの財産とはなにか。以下に例を示します。
- 銀行などの金融機関からの借入金
- その他個人などからの借入金
- 亡くなった後に支払う所得税、住民税、固定資産税などの公租公課
- 病院に対する未払医療費
- 水光熱費、電話代などの公共料金等の未払金
- 賃貸不動産のテナントから預かっている敷金
- 買掛金などの事業上の未払金
相続財産の調査と債務控除を確実に行なうことで、相続人にとって有利に手続きを進めることができるのです。
逆に、債務控除の対象とならないのが以下の例です。
- 団体信用生命保険(通称、団信)で補填される住宅ローン
- 墓地や仏壇などの非課税財産(相続税がかからない財産)に係る未払金
- 保証債務
- 亡くなった後に発生する下記のような費用
相続財産の名義変更費用(登録免許税、司法書士報酬など)
相続税申告にかかる税理士報酬
遺産分割交渉等に係る弁護士報酬
戸籍謄本など身分関係書類を取得するための諸費用
信託銀行などに支払う遺言執行報酬
これらは、被相続人がなくなった時点で債務が確定しているとは言えないため債務控除に対象とはなりません。
相続人が単純承認した場合、相続人は独自で支払いを済ませる必要があります。
他にも相続人が配偶者である場合にも、控除が適用される可能性があります。
その点についても専門家に相談しましょう。
それら控除を適用してもなお相続税が発生する場合は、申告期限内に相続人同士で遺産分割の協議を行わなければなりません。
遺産の総額を、財産を取得した各相続人の課税価格に応じて割り振り、税額を算定します。
期限内に納税を済ませなければ、延滞税が発生します。
6. マイナスの財産が多い場合の検討事項
相続遺産の調査を行なう上で、単純承認か相続放棄かを決定する最も大きなポイントがプラスの財産からマイナスの財産分を差し引いた時にプラスの財産が残るか否か、という点です。
本来ならば、熟慮期間に相続遺産の調査を完了させて、調査結果から単純承認か相続放棄かを検討するのが理想です。
相続遺産が多く多岐にわたる場合、調査はかなりの時間を要します。
特に、被相続人が幅広く事業を展開する経営者だと熟慮期間中に調査を完了させることは極めて困難です。
そのため相続人は、家庭裁判所に熟慮期間の延長を申し立てることができます。
家庭裁判所に申立書と各種添付書類を提出することで、最大3ヶ月間の熟慮期間の延長が認められることがあります。
熟慮期間の延長が認められれば、相続人は相続遺産の調査に半年もの期間を費やすことができます。
その調査結果をもとに単純承認か相続放棄かを決定することができるのです。
つまり、調査がしっかりと実施されたならば、相続人が被相続人の負債を負担することはない、と考えられるかもしれません。
マイナスの財産が多いと判明しているならば、相続放棄という選択を取ることができるからです。
ところが、それでも相続人がマイナスの財産を負担することがあるのです。どういうことか。
それは、相続人が敢えて相続放棄という手段を選ばずに、負債を返済するという選択を取る場合です。
相続人が被相続人の事業を引き継ぐ選択をした場合、そして債権者との関係が事業を行なう上で非常に重要である場合などが考えられます。
相続人が事業戦略的に単純承認し敢えて負債を負担する、というわけです。
それ以外だと、相続人が単純承認した後に、全く予想もしていないところから被相続人の負債が発覚した場合です。
単純承認した以上それは相続人が負担しなくてはならず、逃れることはできません。
7. 相続放棄をする場合の注意点
さて、相続財産の調査後、熟慮期間内であれば相続放棄という選択を取ることが可能です。
相続放棄とは被相続人の相続財産を全て放棄することであり、相続放棄が承認されれば相続人は最初から相続人でなかったとみなされることになります。
プラスの財産を放棄しなければなりませんが、マイナスの財産の全てを放棄することができるのは大きな長所と言えるでしょう。
だからこそ、熟慮期間でしっかりと相続財産の調査を実施した上で、単純承認か相続放棄かの選択をしなければならないのです。
ただし、相続放棄をする場合、プラスの財産の放棄以外にも注意点があり、それも認識しておく必要があります。
それは、相続財産の中に住宅や土地といった不動産がある場合、相続放棄の手続きをしてもそれらの管理責任は相続人が負わなければならないという点です。
仮に管理責任の負担をなくす手段を取るならば、相続財産管理人を選任し不動産の管理を依頼しなくてはなりません。
当然、相続財産管理人にはお金を支払わなくてはならず、相続人自身で管理する以上の経済的負担がかかると考えて間違い無いでしょう。
単純承認していれば、不動産の売却や贈与という手段を取ることもできますが、相続放棄するとそれらも出来ません。
そういった点も踏まえた上で相続放棄という手段を検討しなくてはならないのです。
8. まとめ
相続遺産には、被相続人の生き様が大いに反映されています。わずかながらも預貯金を遺族に残す者、ギャンブル好きが祟り借金を残したまま他界した者、そして広く事業を手がけて世界を股に大活躍した者・・・
それぞれの生き様は相続人である子供や兄弟に大きな影響を与え、残された者たちへのメッセージとなって生き続けることでしょう。
そんな形にならない大いなる遺産は被相続人の意志であり、相続人が引き継いでいくべきなのは言うまでもないことです。
ただし、形のある相続遺産を引き継ぐ選択は、相続人の権利であるべきだと考えます。なぜなら、それらは時として相続人にとって大きな負担となり得るためです。
相続人に与えられた大いなる権利である単純承認と相続放棄の選択、その権利を活かすには相続財産の調査は必要不可欠であり、それは相続の専門家によって解決されるべきものです。
どんな些細な相続であったとしても、相続人はまずは専門家へ相続について相談すべきであり、専門家による相続財産の調査があってこそ、相続人の選択の権利は活かされるはずです。