自分が死んだ後のことを考える機会は、年を重ねるごとに増えていきます。死が自分の身に差し迫ることがその理由ですが、それだけではありません。自分の死後に憂いや後悔を残したくないと考えるためだと思われます。そのため、自分の死後のことを自分の子供や孫を後継者として育て、自分の資産の取り扱いについて遺言書に認める、いわゆる「終活」と言われる活動を始める方は多くいます。
自分の死について考えるのはあまり気分の良いものではありませんが、死は誰の身にも訪れる逃れられない現実です。自分が死んだ後のことを託すことができる者、後継者の存在は、死を迎えようとする者にとって大きな心の拠り所といってもいいかもしれません。
しかし、少子高齢化が問題視されて久しい昨今、遺言に自分が死んだ後のことを託すことができる者や後継者が1人もいないという人も多くいます。いわゆる「おひとりさま」と言われる方々です。
「おひとりさま」とは、家族と死別した人や自身の子供たちや親族と疎遠になってしまった人、あるいは生涯一度も結婚せず子供もいない人を示す言葉です。
「自分は確かにおひとりさまだけど、友人や知人が多いので問題ない」
もちろん信頼できる友人や知人の存在は、おひとりさまにとってかけがえのない財産であることは間違いありません。だからといって、家族や親族に代わるような存在になることはできません。
また、期せずして身内を亡くし、おひとりさまになられる方もいらっしゃいます。残されたおひとりさまは亡くなった身内の膨大な死後事務処理に追われることになり、悲しみにくれる間もありません。数ヶ月もの期間を費やしてようやく事務処理が完了しても、その後には空虚な毎日が残るのみ、おのずと自分の死と向き合う時間が増えてしまいます。
この時初めて、「自分が死んだら、お葬式や納骨は誰がやるんだ」という行き場のない疑問に直面することになるのです。
このように様々な事情のおひとりさまがいらっしゃいますが、彼らに共通して言えることは、「自分の死後の事務処理を任せることができる人がいない」と言うことに尽きます。
自分の死後に憂いや後悔を残したくないと考えるのであれば、また出来るだけ不安を持つことなく今を精一杯生きたいと願いのであれば、死後の煩雑な各種事務作業を生前に第三者に委任できる制度を利用することをお勧めします。その制度を「死後事務委任契約」と言います。
今回はそんな死後事務委任契約について解説いたします。
【 目次 】
1.死後事務委任契約の意義
この世に生を受けるすべての者に訪れる死。如何にしてその死を受け入れるかは、人として大きなテーマと言えるかもしれません。
「死ねば全てが無に帰すのだから、死に方も自分が死んだ後のこともどうでもいい」という剛胆な人であれば別ですが、人は潔く、後腐れなく死を迎えたいものです。
死というものに対する考え方は様々ありますが、死を考えることは、死を迎えるまでの間如何にして悔いなく生きるかということを考えるきっかけとなり得ます。それは、ある意味人として極めて大事なことではないかと思います。
そんな時、自分が死んだ後、誰が自分のお葬式を出して納骨してくれるのか、自分の財産はどうなるのか、どこの墓に入ることになるのかといったことについて懸念しなければならない状態は、決して健全とは言えないのではないかと考えられるのです。
「死を迎えるその日まで悔いなく生き、そして潔く後腐れなくあの世へ旅たつ」ためには自分が死んでも安心、という心の拠り所が必要です。そして、自分の死後の様々な事務処理を任せることができる死後事務委任契約こそがその役割を果たすことができると考えられるのです。
それこそが死後事務委任契約の意義と言えるでしょう。
2.死後事務の委任先
死後事務委任契約の委任先はどこが適当なのか。実は死後事務委任契約を受任する上で、特別な資格が必要になる訳ではありません。委託者と受託者双方の合意があれば、受託者は誰もがなることができます。
ただし、1つ注意点があります。それは本当に信頼することができる人を受託者に選ぶ必要があるということです。
なぜなら、受託者が死後事務委任契約を執行する時、委託者本人はすでに亡くなっているためです。もともと身寄りのない委託者が亡くなるわけですから、受託者が死後事務委任契約内容を完了させようとさせまいと誰にもわかりません。受託者が契約内容を執行せず放置しても誰もわからないのです。
委託者が信頼できる者といえば友人や知人などが該当すると思われますが、人選は慎重に行うべきだと思われます。
また、いくら信頼の置ける友人や知人を受託者に選び、死後事務委任契約を締結したとしても、その者が死後事務に精通していなければ余計な面倒をかけてしまうことも考えられます。
結局のところ、死後事務委任契約は弁護士や司法書士、行政書士のような専門家を受託者として、正式に依頼するのが最も適切だということになります。
3.死後事務委任契約書の記載内容
死後事務委任契約は、長期間継続するような類のものではなく、委託者の死後の事務手続きを代行するものであり、比較的短期間で契約内容を完了することができます。
ただし、その内容は多岐に及ぶことが多く、中には法の専門知識があったほうが良いような内容が含まれることもあります。
とはいえ、死後事務委任契約の内容が法で決められている訳ではなく、基本的には委託者と受託者の合意により決定します。
一般的に死後事務委任契約で委託する内容は以下の通りです。
- 関係者への死亡の連絡
- 相続の手続き
- 死亡届の提出
- 火葬許可証の申請・受領
- 葬儀・火葬に関する手続き
- 埋葬・散骨等に関する手続き
- 供養に関する手続き
- 社会保険・国民健康保険・国民年金保険等の資格喪失手続き
- 病院・施設等の退院・退所手続き・精算
- 住居の管理・明け渡し
- 勤務先の退職手続き
- 車両の廃車手続き・移転登録
- 運転免許証の返納
- 遺品整理の手配
- 携帯電話はパソコン等に記録されている情報の抹消
- ペットの引き渡し
- 各種サービスの解約・精算手続き
- 住民税や固定資産税等の納税手続き
- 遺産や生命保険等に関する手続き
- ペットの引き渡し
もちろんこれらすべてが必ず契約内容に含まれるとは限らず、委託者の状況で必要と考えられる項目を選択して契約書に記載されることになります。
前述したように、これらの項目の中には法の専門知識を要するもの、非常に手間のかかるものもあります。例えば相続手続きです。
委託者に疎遠となっている家族や親族がいる場合、彼らが相続人となります。事前に委託者は受託者に自身の財産をどうするかについて考えをまとめ、それを受託者に伝えておく必要があります。
特に委託者が手広く事業を行っていた場合などは、ややこしい手続きが伴うことが多くあります。
預貯金や有価証券のような資産や負債のような相続財産、自宅や所有する不動産の相続登記をどうするか、会社を誰に事業承継させるか、また相続人が複数人いる場合の遺産分割はどうするかなどといったことについて法の専門家のサポートを受けて決めておかなくてはならないでしょう。
4.死後事務委任契約を締結するタイミング
では、どのタイミングで死後事務委任契約の契約を締結すれば良いのか。当然のことながら早いに越したことはなく、委託者が元気で判断能力を保持しているうちに受託者となる人を選任して契約を締結した方が良いでしょう。
理想のタイミングは、委託者が元気で自身に何ら緊急の問題も課題も発生していない時です。そのタイミングだと、委託者自身が自身の死後への危機意識を持つことが少ないのですが、ここで契約を締結することが出来れば、委託者と受託者との十分な意思疎通のもと委託者の要望を十分反映させた上で契約が可能です。
もちろん委託者自身が何ら体調に問題を感じ始めてからでも、手遅れということはありません。委託者が判断能力を保つことが出来れば受託者との契約締結は可能であり、無事締結できれば、委託者は安心することが出来ます。ただし、委託者の判断能力の程度如何では任意後見制度の利用の可能性も視野に入れておかなくてはなりません。
委託者自身が痴呆症等で判断能力を失うか、あるいは委託者自身の様々な問題が顕在化してしまうと契約の締結は極めて困難となり、裁判所により成年後見人を選任してもらうことになるでしょう。
自分自身の死について考えることは気分のいいものではなく、気持ちが沈んでしまうかもしれません。まして自分が元気なうちは、そんなこと考えたくないものです。
しかし、死は誰の身にも訪れる逃れられない現実です。人として潔く、後腐れなく死を迎えるためにも、時には自身の死後について考えをめぐらせ対策することも重要だと思われます。
5.死後事務委任契約締結の手順と注意点
では、死後事務委任契約はどういう手順で契約締結に至り、契約内容の実行に移されるのか。以下に、法の専門家に死後事務を依頼した場合の手順の一例を示します。
- 初回相談
委託者が、自身の死後の事務処理について不安に思っていることや希望を伝えます。 - 業務依頼契約の締結
依頼する専門家が決まったら、契約を締結します。 - 契約書案、遺言書案の作成
死後の事務に関する委託者の要望を受託者である専門家に伝え、契約書と遺言書を作成してもらいます。 - 文面の確認
契約書、遺言書の文面を確認します。修正があれば伝えます。 - 公正証書の作成
公証役場へ出向き、公正証書の形式で契約書と遺言書を作成します。この段階で正式に契約が成立します。 - 死後事務の執行
委託者の死亡により、契約内容にしたがって死後事務を執行します。
なお、死後事務にかかる費用については、委託者と受託者の間で十分話し合い取り決めておくことが重要です。
上記の手順は、法の専門家に依頼したことを想定したものであり、死後事務の詳細や報酬や支払い方法についても十分説明がなされるはずなので心配ありません。ただし、友人や知人に依頼する場合などは、受託者に死後事務について十分説明しておかなくてはなりません。特に、受託者となる者が一時的にでもお金を立て替えなくていいように受託者にお金を預託しておくなど、様々な配慮が必要になります。
また、お墓もできるだけ受託者の負担が少ないように準備しておきましょう。近年では永代供養の施設も多く存在するので、あらかじめ契約しておくとよいでしょう。
委託者は死後委任契約を締結したとはいっても、できるだけ受託者の負担が少なくなるように心がけるべきであり、それもまた委託者の役目と心得ましょう。
6. 死後事務委任契約に関する相談先
死後事務委任契約についての相談は各役所でも受け付けていますが、弁護士や司法書士、行政書士のような法の専門家が適任と思われます。相続を専門とする法律事務所ならば、専門家はもとより代理の者でも詳しく教えてくれるはずです。
ただ、人の最期を見届ける責任は非常に重く、死後事務委任契約を引き受ける専門家が少ないのが現実です。
だからこそ、何かあればすぐに駆けつけてくれる法の専門家を見つけて死後事務委任契約の締結をしておくこと、そして可能な限り早い段階で自身の死後について考えを巡らせることが非常に重要です。
7. まとめ
高齢化社会が加速する昨今、1人暮らしのご老人が自宅で亡くなった状態で発見される事例が数多く発生しています。いわゆる「孤独死」です。
それは本人にとってもあまりにも悲しい死に様であり、また周囲の者や社会にも大きな影響を与えてしまうものとなってしまいます。
家族に看取られながら眠るように静かに息を引き取り、然るべき事務処理や手続きを経て先祖代々のお墓に入る、これが一般的に理想とされる死であり、かつてはそれが普通でした。
しかし、今は様々な事情によりそれが叶わない「おひとりさま」が多くいます。もちろんそれが時代の流れだと言われればその通りですが、せめて潔く、後腐れなくあの世に旅立つ準備をすることができれば、より充実した最期の瞬間を迎えることができるのではないか、と思います。
死後事務委任契約は、そんなおひとりさまが潔く、後腐れなくあの世に旅立つために非常に重要な制度です。
自身の最期の瞬間に不安を抱きたくない、後腐れを残したくないという方はぜひともご相談ください。