【 目次 】
1.実家を相続放棄するか否かの判断基準
両親が次世代の者たちに残すものはさまざまです。高級スーツだったり、趣味の道具だったり、高級腕時計だったり、宝石だったり・・・中には父親の仕事に対する取り組み姿勢を受け継いだという人もおり、それはそれで涙を誘う話でもあります。
受け継いだ者にとっても、そんな両親の形見は他と比較できない生涯にわたる宝物です。いずれ自分の子供にも引き継がせたいという思いも自然と出てくるでしょう。
ところが、両親が残すものは美しい話になるものばかりではありません。中には兄弟間で醜い争いに発展する場合もあるのです。
実家や土地、その他実家のような不動産や預貯金といった大きな財産となり得るものが、それに該当します。
「俺は長男だから」
「俺はずっと両親の面倒を見てきた」
「いや、私にこそ引き継ぐ権利があるはず」
と、兄弟間の遺産を巡る醜い争いが勃発してしまうのはドラマや小説でもありがちな設定であり、現実に多くの家庭で発生しています。
もちろん遺産の取り合いばかりではありません。納税義務や管理義務が発生する実家のような不動産は大きな負担であり、兄弟間でそれらを押し付け合うという事態もよく発生しています。
さて、そんな兄弟間の争いが発生しないためにはどう措置すれば良いか。有効な手段の1つが相続放棄です。兄弟間で争うくらいならばいっそのこと争いの元となる遺産のすべてを放棄してしまえばいい、というわけです。
実際にそういった理由で相続放棄の手続きを行なう人も多く、相続放棄を選ぶ理由の中でも多数を占めています。
相続放棄を選ぶ最も多い理由は負債によるものです。いくら自分を育ててくれた両親の借金とはいえ、それで子供の生活が破綻してしまっては元も子もありません。
このように、兄弟間の争いや負債は相続放棄の判断基準としては非常にわかりやすいと言えるでしょう。兄弟間での争いなど誰も望みませんし、好き好んで負債を負う人もいませんから。
しかし、実際に相続の案件は多岐にわたっており、中には判断が非常に難しいものも多々あります。
では、相続放棄を選ぶべき判断基準はどこにあり遺産を受け継ぐ者にとって有利な相続方法は何か。それについてお話いたします。
先ほども言いましたが、両親(被相続人)は多くのものを残し、それらすべて遺産としてその子供(相続人)が相続することになります。ただし、遺産といっても相続人にとってプラスになるものばかりとは限りません。
もちろん預貯金や不動産のような財産となるものはプラスの財産ですが、遺産の中には納税義務や借金のような負債も含まれるのです。被相続人から多額の預貯金と不動産を相続したと喜んでいると、後日それらをはるかに上回る額の借金が判明したという事態も実際に発生しています。
相続放棄を選ぶ判断基準は様々あります。先ほども言ったように、兄弟間の争いを無くすために放棄する場合もあれば、生前の被相続人との関係が悪かった場合などは心情的に相続したくないということもあるでしょう。
しかし、最も現実的に被相続人の遺産の相続放棄を選ぶのは、それが借金であった場合、そして預貯金のようなプラスの財産よりも借金のようなマイナスの財産が多い場合です。
遺産として相続人が両親名義の不動産を相続した場合は、相続人自身が住居とするか、事務所や店舗として使用するか、リフォームして貸し出し家賃収入を得る予定があるならばそのまま相続すべきです。しかし、使用する予定もなくただ固定資産税を支払って管理するだけの空き家になるならば、相続放棄を1つの手段として検討すべきでしょう。
なお、時々両親にかけられた保険金はどうなるのかというご質問をいただきますが、保険金は、保険契約に基づき受取人が受け取るものであるため、受取人固有の財産として考えることができますので相続放棄しても受け取ることができます。ただし、受取人が相続人であるとは限りません。保険証書を確認したほうが良いでしょう。
2.不動産の相続放棄にかかる費用の相場
不動産の相続放棄の手続きにはどのくらいの費用が必要なのか。
- 戸籍謄本の交付に450円
- 住民票の交付に300円
- 収入印紙が800円
- 郵便切手に500円
手続きを個人で行なうことができれば、費用は2000円程度です。
ただし、相続放棄の手続きで作成しなければならない書類を専門的な法的知識のない相続人が独自で行なうと、記載内容の不備や記載ミスは免れません。
提出先である家庭裁判所は、相続放棄の申請を受理するか否かを主に3つの書申請書類から判断します。それが相続放棄申述書、照会書、回答書です。これらの書類を何ら不備なく記載することは、相続放棄対象となる遺産や相続人の状況次第では非常に困難になることがあります。
相続放棄を望む相続人にとって申請書類の不備や記載ミスは致命的です。なぜなら、相続放棄の申請が受理されずそのまま相続が成立してしまうのです。
相続放棄の申請書類をより確実に受理してもらうためには、弁護士や司法書士に相談するか書類作成を依頼する必要があります。
弁護士や司法書士に申請書類の作成を依頼した場合にかかる費用は、3万円から10万円程度と考えてよいでしょう。
3.解体費用の支払いは必要か
被相続人である両親から相続した実家を相続放棄すれば、実家にかかる固定資産税などの納税義務は免れます。ただし、相続放棄によって実家との関わりが完全になくなるわけではありません。
誰も住まなくなった実家は放置すれば老朽化が進み、やがて朽ち果てます。そうなると周りの景観が損なわれてしまうため、相続放棄後も管理義務だけは相続人が負い続けなくてはならないのです。
仮に相続人が実家の管理義務を負わずに放置し続け、やがて周辺住民から苦情が殺到すると役所からの指導を受けることになります。それでも放置し続けると、代執行の行政処分により実家が解体されます。
この時解体にかかった費用は、相続人に請求されるのです。つまり、相続放棄後も相続人は実家の管理をしなくてはなりませんし、また解体費用は相続人の負担になるのです。
そうなると相続放棄を望む相続人にとって最も大きなメリットを生む手段は、相続放棄ではなく、不動産の売却によって実現することになります。売却すれば不動産名義は買主のものになり、管理責任も納税義務の支払いも買主に責任が負うことになります。しかも売主である相続人には不動産売却による利益を得ることもできるのです。ただし、地域によっては非常に困難な手段となることも付け加えておきます。
4.片付けや遺品整理は行わないこと
被相続人の遺産の相続放棄を検討している、もしくは相続放棄の手続き中である場合、被相続人の遺品の整理を行なってはいけません。
被相続人の遺産を整理することによって遺産の相続を承認したとみなされてしまう可能性があるためです。
例えば、相続放棄を検討しているにも関わらず被相続人の預貯金を引き出してしまうと、相続を承認したとみなされます。一度相続を承認すると相続放棄は出来なくなります。
ただし、経済的な価値がないものについては問題ないとされています。例えば、被相続人が保管していた知人からの手紙や昔の写真、使いこまれた眼鏡などがそれに該当します。
ただし、その判断基準は曖昧であるため、やはり遺産の整理を行なう前に弁護士や司法書士に相談する方が良いでしょう。
5.兄弟間のトラブルを避けるための注意点
では、ここで遺産を巡る兄弟間のトラブルについてお話しましょう。日本国内では年間130万人の人が亡くなることで130万通りの相続案件が発生、その中には兄弟間の遺産をめぐるトラブルも多く発生していす。例えばこんな事例です。
私は2人兄弟の弟。3年前に父親が亡くなり、先週母親も亡くなった。母親は半年前に脳梗塞で倒れてそれ以降身体が不自由となってしまい、ほとんど寝たきりの状態だった。
実家の近くに住んでいた兄が母親の面倒を見てくれていたが、やはり相当きつかったようで、母親の葬式の時に兄は私にこう洩らした。
「なんだかちょっとホッとしたよ」
自分仕事の関係で遠方にいたため介護にあまり参加できなかったのが気がかりだったが、兄はそこまで気にしていないようだった。
後日、両親の遺産相続の話のために兄の元を訪れた。そこで兄は相続の方法について私にこう提案してきた。「俺は半年間必死になって母親の介護をしてきた。その見返りは望んでもいいと思っている。だから預貯金は俺が全額相続して、お前は実家の家と土地を相続したらいい。」
もちろん母親の介護をしてくれた兄には感謝しているが、だからといって遺産をそのような分け方をするなど聞いたこともない。それに実家は築50年以上の古びた田舎の一軒家で売却できるかどうかわからないし、実家の管理もなかなかできない。できれば、実家の相続などせず相続放棄したいが、兄はこれをダメだと言った。思い出の詰まった実家は管理して残しておきたいから私に実家を相続してもらいたい、というのだ。どうも自分勝手な考え方のように思えるが、兄弟間のトラブルは避けたいし、兄とはこれからも仲良くやっていきたい。どうすればいいのか・・・
相談者の兄は、半年間の母親の介護になんらかの報酬があってしかるべきと考えており、それで相談者である弟にこのような提案を持ちかけてきたようです。
相談者は、実家の相続を押し付けられた形となってしまっていますが、相続した以上相続放棄も売却も相談者が自己の判断で行なうことができます。兄が相続放棄も売却もダメだ、という権利などどこにもなく、母親が遺言で相続方法を特定したという話でもありません。
しかし、相談者は兄との関係を保ちたいと考えています。つまり、兄が納得する形で相続の方法を見出すことができれば、それが最良の解決方法ということになるでしょう。
ではどのように対策すれば良いか。例えば、不動産業者に相談して実家売却の手段を提案してもらって、売却益と預貯金を合算して遺産を分けても良いし、相談者が相続放棄して、兄に実家を継いでもらうよう説得してもいい。
ただ、どのような手段で解決を試みようとも当事者同士だけでは、解決は極めて困難です。したがって弁護士や司法書士、場合によっては不動産業者にも入ってもらって双方の妥協点を御言い出すのが最も理想的な解決方法だと考えます。
6.一人っ子の場合の注意点
相続人が一人っ子である場合、両親の遺産を相続するか放棄するかは相続人が自由に決めることができます。遺産がマイナスの財産、つまり借金だった場合は迷わず相続放棄を選択する人も多いはずです。それで相続人は両親の借金の返済義務を負わずに済みます。
ただし1つ注意点があります。それは他の法定相続人、もしくは親族に相続の順番が回ることになるということです。
例えば、相続人である子供が相続放棄したら、その相続は祖父母に順番が回ります。もちろん祖父母が相続放棄すればいいのですが、突然のことに祖父母はかなり動揺することになってしまいます。そうなると不要なトラブルの種になりかねません。
そうなる前に、周りの法定相続人や親族に相続放棄する旨を事前に伝えておく方が良いでしょう。
7.相続放棄のタイミング
相続放棄は、相続の開始から3ヶ月以内に手続きをしなくてはなりません。この3ヶ月を熟慮期間と言います。
この熟慮期間で、遺産の中身を調査し相続するべきか相続放棄するべきかを決定します。その判断材料は主にプラスの財産とマイナスの財産の差です。
ただし、被相続人が手広くビジネスを展開していた場合などは、被相続人の遺産全てを調査するのは困難です。どれだけ綿密に調査しても後日借金の存在が発覚したということも十分考えられます。
そんな時は限定承認という手続きをとることができます。限定承認とは、マイナスの財産の上限をプラスの財産までとすることができる手続きであり、仮に相続後に被相続人の多額の借金が発覚しても、プラスの財産以上の負債を負わなくてもよいというものです。
もちろん、状況次第でも様々な手段が考えられますが、最も重要なことは相続開始からできるだけ早急にことを進めることです。
時間が過ぎれば、もう相続するしかなくなりますから。
8.実家を相続放棄する手順
では、実際に実家をどのような手順で相続放棄をすればいのか。一般的な相続放棄の流れを説明いたします。
まずは、相続放棄に必要な書類を準備します。被相続人戸籍謄本、住民票、そして相続人の戸籍謄本が必要な書類になりますが、これらは役所に請求すれば取得できます。
必要書類の中の1つに相続放棄申述書というものがあり、これが相続放棄の受理を決定づける極めて重要な書類になります。
必要書類をまとめると以下になります。
- 亡くなった方(被相続人)の戸籍謄本
- 被相続人の住民票
- 相続放棄する人(相続人)の戸籍謄本
- 相続放棄申述書
- 収入印紙800円
これらの書類を準備して家庭裁判所に提出します。すると1週間から10日ほどで、家庭裁判所から照会書という書類が送付されてきます。照会書とは、相続放棄申述書に対する裁判所からの質問書と思っていいでしょう。
特に難しい質問というわけではありませんが、裁判所が相続放棄の受理を判断する重要な書類であるため慎重に作成する必要があります。
その照会書の返答として作成するのが回答書です。作成した回答書を再び裁判所に送付すれば手続きは概ね完了です。あとは相続放棄の受理を待つだけです。
相続放棄が受理されれば、裁判所から相続放棄申述受理通知書が届きます。その後相続放棄した実家の名義変更登記を行ない、これで相続放棄の法的な手続きは完了です。
ここまでの流れはシンプルな事務作業ではありますが、上記3つの書類の記載は極めて重要で、もし記載ミスなどがあると相続放棄が受理されず、そのまま相続が承認されることになりかねません。確実に相続放棄を受理してもらうためには、専門の弁護士や司法書士に依頼、もしくはサポートを受ける必要があります。
また、これで全てが終わるわけではありません。実務の上ではまだやることがあります。それは他の共同相続人や法定相続人へ自分が相続放棄したことの連絡をしなければなりません。
また、相続放棄することによって実家にかかる納税義務がなくなるため、行政にその報告をしなくてはなりません。
特に他の共同相続人への連絡は重要です。なぜなら、実家にかかる固定資産税などの税金は共同相続人の分割による負担であり、1人が相続放棄することによっての他の共同相続人の負担が大きくなるためです。
もちろん相続放棄は共同相続人の同意なく1人でも手続き可能ですが、手続き前に自分が相続放棄すること、そして手続き後も自分が相続放棄したことを連絡しておきましょう。
でないと、今後の人間関係に亀裂が生じることになってしまいます。
9.まとめ
これまでずっと仲良く家族ぐるみで付き合いのあった兄弟が、相続の争いを機に全く付き合いがなくなってしまった、という悲劇は非常に多くの家庭で起こっています。
もちろん遺産として相続された預貯金や借金などが争いの種になることも多いのですが、実家をめぐるトラブルも多く発生しています。
現在日本では年間130万人が亡くなると言われており、130万通りの相続の形が存在することになります。中にはドラマや小説にあるような醜い争いもあれば、血縁関係者のみならず所属会社すら巻き込むような大騒動に発展することもあります。
もちろん側から見る分にはハラハラドキドキで面白いかもしれませんが、争いの当事者にとっては悲劇でしかありません。
そんな相続をめぐる兄弟間のトラブルを未然に防ぐために最も有効な手段が、相続を専門とする弁護士や司法書士に間に入ってもらうことです。
当事者同士でいくら時間かけて話し合っても冷静な話し合いはほとんど望めません。そこで第三者である法の専門家に入ってもらうことで法に基づいた冷静な判断をしてもらうことが出来ます。
兄弟間の関係が修復不可能なほど悪化する前に、まずは法の専門家に相談しましょう。