相続財産に借金があることが明らかな場合や、引き継ぎたくない財産がある場合は相続放棄手続きを行います。
相続放棄とは、相続財産や相続に関する権利一切を相続しないとする手続きです。相続人が複数名存在するとしても自身個人での相続放棄手続きが可能なため、1人でも手続きを申請することが可能です。
相続財産を調査して借金が含まれる場合、相続人であることを知ってから申立て期限である3ヶ月以内に相続放棄手続き申述を選択することで被相続人(お亡くなりになった人)の借金返済義務を負わずにすみますが、預金や価値のある動産などプラスの財産も相続することができません。
相続放棄手続きは被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てる法的な手続きで、相続放棄が受理されると最初から相続人ではなかったとして扱われます。
親の死後、親の介護費用や介護保険の未納分を請求されるケースがあるようですが、相続放棄が受理されていても支払う義務はあるのでしょうか。
相続放棄後に介護費用や介護保険に関する費用を請求された場合の注意点や対処法を解説します。
【 目次 】
1.相続放棄後に介護費用を請求される事例
1.(事例1)相続放棄後、介護を受けていた亡き母の介護費用を請求されたケース
“老齢な父が足の悪い母の介護をしながら夫婦二人で暮らしていたが5年前に父が他界。仕事の関係で実家に帰り同居することができず、足の悪い母は一人で暮らすこともできないため介護施設へ入所しました。
その後母が死去し遺品を整理していると、母に借金があることが判明し相続放棄をしました。しかしその後、介護施設から未払いの介護施設使用料や介護用品のリース代を請求されました。“
【 対応方法 】
このように未納の介護施設使用料を相続人であることを理由に請求されたとしても、相続放棄が認められている場合は介護費用や介護用品のリース料を支払う必要はありません。請求された場合は相続放棄受理証明書を渡し、支払う義務がないことを説明しましょう。
ただし、介護施設料の支払いについて保証人となっている場合は支払わなければなりません。
2.(事例2)相続放棄後、介護保険の還付金があると通知が来たケース
“他界した父に財産らしきものがなく、また税金の滞納や借金が判明したため相続放棄手続きをしました。
その後、市役所から「介護保険の還付金がある」と連絡があり、相続放棄をしたことを伝えましたが、「受け取ることはできると思う」と返答されました。介護保険の還付金を受け取っても相続放棄に影響はないのかを知りたい“
【 対応方法 】
相続放棄をした場合、介護保険の還付金を受け取ることはできません。
また、介護保険以外にも国民健康保険などの保険の還付金は被相続人の財産と考えられているため、相続放棄をした場合は受け取ることができないとされています。万が一受け取った場合は相続をしたとみなされてしまう可能性があります。
市役所の担当者は相続放棄について詳しい方が担当しているわけではないので、担当者の言葉を鵜呑みにして保険の還付金を受け取ることのないように気をつけましょう。
2.介護費用を請求された際の確認事項
1.相続放棄をしている場合、介護費用支払いの義務から逃れることが可能
相続放棄手続きをしている場合、親の介護費用を支払うように請求されても支払う義務はありません。
金額が少額であるとしても、被相続人に関する費用を被相続人の財産から支払わないように注意しましょう。被相続人の財産の処分行為であるという理由で、相続したとみなされる可能性があります。
相続放棄手続きをしていない場合、介護費用だけでなく他の借金や税金の未納なども請求される可能性がありますので、プラスの財産があっても負債のある可能性がある場合は相続放棄手続きを検討しましょう。
【 財産の処分行為 】
財産の現状や法律上の名義等を変化させること。具体的には預貯金の使用、建物の解体、不動産の名義変更、売却など
2.親子・兄弟姉妹間には相互扶養義務がある
相続放棄をしている場合は介護費用を請求されても支払いの義務はありませんが、相続放棄をしていない場合は介護費用の支払い義務は発生します。
民法では親子や祖父母などの直系血族と兄弟姉妹には扶養義務があると定められており、介護についても義務があるとされています。そのため、介護費用を請求された場合、強制ではありませんが支払う義務があると考えるのが通常です。
扶養・扶助の義務については民法で以下のように定められています。
【民法第877条】(扶養義務者)
直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある
【民法第877条2項】
家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる
【民法第752条】(同居、協力及び扶助の義務)
夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない
【 直径血族 】
直系の繋がりのある血族。例えば、父母・祖父母・子供・孫など
【 三親等内の親族 】
(一親等)父母・子
(二親等)祖父母、孫、兄弟姉妹など
(三親等)曽祖父母、おじおば、甥姪など
特別な事情のある場合は三親等内の親族間にも扶養義務を負わせることができる(民法第877条2項)とされていますが、親子・兄弟が存在する場合が扶養することは原則だとされています。親の介護の場合、親の兄弟姉妹は高齢である・死去して存在しない状況が考えられるため、親の介護は子に義務があることが実状です。
また、民法で定められている義務とは実際に身体的に介護を行わないといけないということではなく、医療費や生活費など生活を扶助するための金銭的な支援も含まれます。
現在の日本の法律では、原則として親子関係を消滅させることはできないため、親の介護義務も消滅させることはできません。そのため介護費用についても義務があると考えるのが一般的でしょう。
ご自身に金銭的余裕がなく介護ができないと主張することもできますが、ご自身や世帯の年収状況なども調査された上で介護費用を支援することができないと認められる必要があり、容易ではありません。
3.連帯保証人・連帯債務者の場合は支払い義務あり
親の相続放棄をしている場合は、親の介護費用について請求されても支払い義務はありません。
しかし、介護施設に入所する時や介護サービスを受ける際、保証人になっている場合は相続放棄をしていても支払い義務を逃れることができません。
また、介護費用についてだけでなく、借入れなどの連帯保証人や連帯債務者になっている場合も同様です。
親の相続放棄をすることで親の相続人ではなくなるため親の債務を支払う必要は無くなりますが、ご自身が連帯保証人になっている場合はご自身に責任が発生するため支払い義務が消滅することはありません。
4.支払い義務がない場合の対処法
相続放棄が認められている場合、介護費用の支払い義務はありません。
介護費用の請求を受けた際は、相続放棄受理証明証を取得しておき、自身に介護費用の支払い義務がないことを伝えましょう。
しかし、心情的に介護でお世話になった施設やヘルパーの方に介護費用を支払わないということが心苦しい、という場合はご自身の資産から支払うとよいでしょう。
被相続人の財産から介護費用を支払うと、被相続人の財産を処分したとみなされ、単純承認した(遺産相続に同意した)とみなされてしまいます。
民法では以下のように規定されています。
第921条【法定単純承認】
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
1.相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第602条 に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
相続放棄後であっても被相続人の財産から支払うことは処分したとされ、そのような事実が発覚した場合は債権者とトラブルになる可能性があります。くれぐれも被相続人の財産から介護費用などの支払いをしないようにしましょう。
また、支払い以外の事務的な手続きをする場合でも、介護保険の還付金等は受け取ることができません。
介護保険の還付金は被相続人の財産に充当するとされており、還付金を受領すると相続したとみなされてしまいます。市区町村役場の担当者に受け取りの手続きをするよう言われても、相続放棄をしているという事実を伝え、受け取らないようにしましょう。
5.相続放棄後のトラブルに関する相談先
1.相続放棄後、次順位へ相続権が移る
自身が相続放棄手続きをすると次順位相続人へ相続権が移ります。
相続権は第三順位まであり、第三順位相続人が相続放棄をすると相続人が存在しないことになります。
相続人の順位と範囲は以下の通り定められています
【 相続順位と範囲 】
第一順位相続人 | 子、孫 (被相続人より先に子が死去している場合は孫などの直系卑属が代襲相続)※直系卑属 |
第二順位相続人 | 父母・祖父母などの直系尊属 ※直系尊属 |
第三順位相続人 | 兄弟姉妹、甥姪 (被相続人より先に兄弟姉妹が死去している場合は甥姪が代襲相続) |
相続放棄手続き後、家庭裁判所から次順位相続人へ先順位相続人が相続放棄をしたことや、相続権が移ったことを知らされることはありません。そのため、自身が相続放棄をした事実を次順位相続人へ通知することは義務ではありませんが、通知するようにしましょう。
次順位相続人に相続権が移ることを通知していない場合、債権者から突然支払い通知書が届き、先順位相続人が相続放棄をして相続権が移ったこと知り大変驚くでしょう。
普段から連絡を取り合う親族であれば相続放棄の事実も伝えることもできますが、疎遠で親しくない間柄や話し合いが難しい相手の場合、当事者同士ではトラブルになることも考えられます。このような場合は司法書士や弁護士など相続放棄手続きの専門家に対応を依頼することで、穏便に手続きや話し合いが進む可能性が高くなります。
2.相続放棄後でも管理義務は残る
相続人全員が相続放棄を認められる・または死去しているなどにより相続人が存在しない場合、相続放棄後も相続財産の管理義務が残るケースがあります。特に不動産や有価証券の管理義務には注意が必要です。
管理義務は次にその財産を管理する人が決まるまで、自己の資産と同様に管理する義務があり、民法では以下のように定められています。
民法第940条(相続の放棄をした者による管理)
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は第952条第1項の相続財産の清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない
特に不動産はそのまま放置することで建物の老朽化により倒壊・破損し、周囲や通行人に損害を与える可能性があります。その場合、管理義務者が損害賠償責任を負うことになり、経済的にも精神的にも大変な負担となります。
その責任から逃れるためには相続財産管理人の制度を利用するという方法があります。
利害関係のある人(債権者など)や相続人が管轄の家庭裁判所に相続財産管理人を申立て、選任された相続財産管理人が不動産や株式などの相続財産の管理や預金解約など、様々な財産管理や清算手続きを行います。
相続財産管理人が相続財産の管理を開始した時点で相続放棄をした前相続人の管理義務は消滅します。
相続財産管理人を選任する場合は財産管理に関する経費や管理人の報酬が発生するため、申立人が予納金を収める必要があります。基本的には相続財産から支払われますが、不足することが予想される場合は申立人の負担となり、場合によっては数百万程度必要なケースもあります。
3.手続きを専門家に依頼すると相続放棄後のトラブルも相談できる
相続放棄の申立て手続きは相続人ご自身が書類等作成し家庭裁判所へ提出することで相続放棄の申立ては可能です。郵便切手や収入印紙(800円)などの実費程度で済み、専門家へ依頼する場合の報酬も発生しませんので費用は抑えることは可能です。
ですが、被相続人の戸籍謄本の収集(死亡記載のあるもの)や住民票の取得など相続順位によっては準備する必要書類は多く、大変な手間と時間がかかります。手続きをすることができても、その後、裁判所から送られてくる照会書の回答や次順位相続人への通知などもする必要があり、費用面は抑えることができますが、時間と手間を考えると決して安く済むとは言えません。
さらにその後、相続人が存在しなくなった場合の財産管理など、さまざまな手続きや問題も発生する可能性があります。場合によっては相続人同士でトラブルになる可能性もあり、後々、親戚同士の付き合いにも影響する可能性があります。
このようなトラブルについても、相続手続きを専門家に依頼している場合は気軽に相談することができ、対応を依頼することで相続人同士の話し合いが穏便に済むように努めてもらえるので安心です。相続手続きや手続き後のトラブル防止の観点からも、相続放棄手続きは司法書士や弁護士などの専門家へ依頼することをおすすめします。
まとめ
今回は、相続放棄後に介護保険の請求をされた場合の注意点や対処方法について詳しく解説しました。
高齢化の進む現代社会において、介護は誰もがいつか経験することになると予想されます。
介護が必要な状態で親が長生きした場合、ご自身も老齢となり金銭的支援ができなくなる可能性もありますので、介護費用は親の資産があれば資産から支払ってもらい、不足分を子・兄弟姉妹間で負担するなど無理のないように計画的に進めていくとよいでしょう。
また、親に借金や相続したくない財産のある時は相続放棄手続き検討しましょう。
相続放棄が認められている場合は介護費用の未払いを請求されても支払う必要はありません。被相続人の財産から支払うと財産の処分行為とみなされてしまいますので十分に注意しましょう。相続放棄手続きを申述する場合、申述する前に被相続人の財産を受け取らないことももちろんですが、相続放棄後も被相続人の財産を受け取ることや相続財産の処分行為をしないように気をつけましょう。
相続放棄手続きの申請は専門家在籍の司法書士事務所や行政書士事務所などへ相談し依頼することをおすすめします。
手続き代行依頼をすることで相続に関する様々なアドバイスを受けることができ、不安やお悩みを解決することができます。
また、専門家が現状を把握して正しい判断や提案をすることにより、相続放棄以外の手続きで解決できる可能性もあります。たとえば限定承認手続きや遺産相続による解決方法を提案してもらうことにより選択肢が増え、ご自身にとって最適な方法で解決できるケースがあります。
遺産相続手続き・相続登記・生前対策・遺言作成など、相続手続きは専門知識の必要な手続きが大変多く、知識のない一般人が手続きをすると、後に相続人同士の争いが発生するケースもあります。
相続手続きや相続放棄手続きは、手続き後のトラブル防止のためにも司法書士などの専門家へ相談し進めていきましょう。