今回は、2019年1月13日から施行された「自筆証書遺言の記載方式の緩和に関する改正」についてお話させていただきます。
【 目次 】
1.遺言書保管法創設の経緯
これまで、自筆により遺言が作成されたケースにおいて、遺言書の偽造変造や紛失、破棄等、遺言書が私文書で一つしか存在しないことの弊害による紛争が散見されていました。
全ては自己責任でひとつしかない原本を保管しなければならないことが問題だったのです。
特に平均寿命と健康寿命の差がどんどん広がる昨今、ご自身で適正に遺言を管理できない期間は、男性で約9年、女性で約12年もあると言われています。
今回の相続法改正のひとつの目玉として、前回ご説明した自筆証書遺言の方式の緩和があったのですが、それだけでは自筆証書遺言の適正な運用は実現しません。
そこで、相続法改正とは別に、今回、「法務局における遺言書の保管等に関する法律(以下、遺言書保管法といいます。)」が新たに創設されました。
筆者の個人的な感想として、今回の相続法改正に関連するものの中でも、国が積極的に予算を投じて画期的な制度を作ってくれたと驚きを感じています。
2.遺言書保管法の対象となる遺言書は自筆証書遺言のみ
それでは、制度の中身について詳しくみていきましょう。
(1)対象となる遺言書とは?
今回の制度で、保管の対象になるのはあくまで自筆証書遺言のみです。
公正証書遺言の場合は、正本が公証役場にも保管されますし、秘密証書遺言やその他の方式の遺言書も保管の対象にはなっていません。
また、保管する自筆証書遺言の中身は画像情報等によって法務局内部でデータにより保存されますので、当然ながら封のされていない状態で提出する事が必要になってきます。
(2)申請先は?
まず遺言書の保管は、法務局のうち法務大臣の指定する法務局(これを「遺言書保管所」と言います。)において、遺言書保管官として指定された法務事務官が取り扱うこととされています。
その中でも、遺言書の保管申請ができる遺言書保管所は、
- 遺言者の住所地
- 遺言者の本籍地
- 遺言者が所有する不動産の所在地
のいずれかを管轄する遺言書保管所に限られます。
(3)申請方法は?
その際、遺言書保管官は、身分証等により、申請人が本人であるかどうかの確認をします。
また、郵送や代理人による申請も現状では一切認められていません。
本人が直接遺言書保管官に封の開いた遺言書を提出することにより、第3者による介入や中身の改変、不正を防止できます。
かつ、本人と相対して確認することにより、意思能力があることを含めた本人確認が実現するため、保管された遺言書の成立の真性が担保されるのです。
(4)保管方法は?
申請を受け付けた法務局は、遺言の原本をその法務局で保管するだけではなく、次の事項をデータとして記録します。
- 遺言書原本の画像情報
- 遺言者の本籍地
- 遺言者の氏名、生年月日、住所及び本籍地
- 受遺者がある場合、受遺者
- 遺言執行者が指定されている場合、遺言執行者
- 遺言書の保管を開始した年月日
- 遺言書が保管されている遺言保管所の名称と保管番号
保管後は、遺言者は、その閲覧を請求することができます。また、保管をやめたければその申請を撤回し、原本を返還してもらうこともできます。
相続が発生した後は、遺言書に利害関係のあるもの(相続人、受遺者、遺言執行者等)は、上記の情報を記載した「遺言書情報証明書」の交付を請求する事が出来ます。
おそらく制度スタート後は、これまで遺言書原本を提出して行う手続き(預貯金の解約や各種遺産の名義変更等)については、上記証明書の提出により可能になることが想定されます。
(5)保管の有無の照会は可能か?
相続発生後であれば、自身が相続人、受遺者等となっている遺言書が保管されているかどうかを全国どこの法務局(例外がある可能性もあり)でも検索して、「遺言書保管事実証明書」の交付を請求することができます。
遺言書保管事実証明書には下記の内容が記載されることになっています。
- 遺言書の保管の有無
- 遺言書に記載されている作成の年月日
- 遺言書を保管している法務局と保管番号
これにより、自分が利害関係人(相続人、受遺者、遺言執行者等)となっている遺言書の存在を調べることが出来るようになります。
これまでも公正証書遺言の場合、公証役場にて遺言の検索システムを利用する事ができましたが、今回の制度でそれと大きく異なる部分は、誰でも、遺言の検索や遺言書保管事実証明書の発行を請求する事が出来ることです。
(6)利害関係人への通知
もし、相続発生後に、利害関係人の内の一人が前述の遺言書情報証明書の交付請求、もしくは遺言書原本の閲覧請求を行った場合は、遺言書保管官は、速やかに当該遺言書を保管している旨を他の利害関係者に通知することになっています。
これは一見地味なルールですが、実務的には独断で手続きを進められないための重要な運用です。
誰かがアクションを起こせば、関係者は皆、遺言書の存在を知ることになるのですから。
(7)検認が免除
遺言書保管所に保管されている遺言書については、なんと遺言書の検認を行う必要はありません。
公正証書遺言と同様にタイムラグなく、各種遺言書に基づいた手続きを進めることができます。これは大きなメリットになると思います。
3.まとめ
尚、上記遺言書保管制度については、2020年7月10日より法務省令で指定を受けた全国の法務局で運用開始される予定になっています。
自筆証書遺言の記載方式の緩和に関する改正に比べて1年半ほど遅い施行日となりましたが、これから全国の法務局でシステムの運用準備が進められますので当然かと思います。
これで公正証書遺言と遜色のない、自筆証書遺言の運用が実現されることになるでしょう。
公正証書遺言を作成することに比べ、間違いなくコストダウンできる自筆証書遺言のこれまでの運用上の問題点がほとんど解消されるわけですから。
筆者の実務現場においても、この制度を利用した上で、定期的な遺言書の見直しの提案をしやすくなることが大きなメリットだと感じています。
ただ、注意して頂きたいのは、遺言書の内容が形式的に要件を満たしているところまでは、法務局で審査されますが、実質的に遺言者の想いや法的な意図がしっかりと反映されているか否かの中身の確認までは行いません。
自筆証書遺言の利用が増加する今後、より相続に精通した専門家の関与が求められることになると思われます。