高齢者となった自分の親が認知症を患い判断能力を失ってしまうと、本来の資産所有者であるにも関わらず資産が適切に管理できなくなり、無駄に散財してしまうかもしくは悪徳業者に言葉たくみに騙し取られてしまう可能性が生じます。
特に親が会社を運営する立場であった場合、事態が深刻なものとなる可能性が高く、家族や親族、会社の関係者の多くに迷惑がかかってしまうことも考えられます。
そのような状況において利用される制度が、成年後見人制度です。
裁判所により後見人が選任され、適切に財産の管理や運用がなされます。
しかし、家族や関係者が希望する後見人が選任されるとは限らないこと、対応の柔軟性に欠けること、そして親が判断能力を失ってしまう前の対応ができない、という欠点がありました。
家族信託はそういった成年後見人制度の欠点をカバーする制度です。
家族信託は信託の仕組みを利用した制度であり、親の判断能力が失われる前に、家族が財産を円滑に承継することができる制度です。
成年後見人制度の欠点を見事に補った画期的な制度ではありますが、対象となる家族が置かれた状況などによりトラブルが発生することも考えられます。
いかに家族間で交わされる契約とは言え、やはり弁護士や司法書士といった法律の専門家が第三者として間に入ってもらうことは非常に重要です。
今回は、家族信託で発生する可能性のあるトラブルやその典型例、そしてトラブルによるリスクを回避するためのポイント、注意点などについて解説いたします。
【 目次 】
1. 家族信託とは
家族信託について説明する前に、まずは信託について説明いたします。
一般に信託とは、「自分の大切な財産を、信頼できる人に託し、自分が決めた目的に沿って大切な人や自分のために運用・管理してもらうこと」を言います。
信託を依頼する者を委託者、信託を引き受ける者を受託者、信託により発生した利益を得る者を受益者と言います。
委託者と受益者が同一になる場合もあります。
もちろん人の財産を管理、運用するという極めて重要な役割を担うため、誰でもできるわけではありません。
信託は「信託会社」「信託銀行」あるいは「信託契約代理店」などと契約することで初めて利用することができます。
いずれも金融庁で認可等を受けて業務を行なう事業者です。
では、家族信託とは何か。
端的に説明すると、「自分の老後や介護等に備え、保有する不動産や預貯金などの資産を信頼できる家族に託し、管理・処分を任せる家族の為の財産管理すること」となります。
つまり、信託の仕組みを利用しているが、必ずしも金融庁の認可を受けた事業者である必要はなく、信頼できる家族に信託を依頼できるという制度です。
民事信託と言われることもありますが、本稿では家族信託で統一します。
2. 家族信託のリスクとトラブルが発生する原因
家族信託は、信託の制度を利用してより柔軟に家族の財産の継承ができる点で非常に優れた制度ではありますが、やはり欠点も存在します。
例えば、家族信託においては受託者に委託者の財産管理を任せることになるため、受託者は財産管理において大きな権限を持つことになります。
そうなると、他の相続人は不公平感を感じざるを得なくなり、それが原因で家族間のトラブルになることがあります。
相続人同士が近郊に住んでいるならば、十分な話し合いができますが、遠方に住んでいる場合もあります。
相続人同士の意思疎通が不十分なまま家族信託の手続きが完了してしまうケースもあり、それがトラブルとなる可能性もあります。
そのため家族信託の受託者は、他の相続人が納得するように説明しておく必要があるでしょう。
トラブル防止や解決のため、専門家に仲介役、説明役を依頼するという手段を取ることも可能です。
結果的に大きな権限を持つ可能性がある受託者ですが、本人が事業者、もしくは収益不動産の経営をしている場合も注意が必要です。
仮に家族信託で受託した財産が赤字を出していたとしても、自身の事業の損益と通算することはできません。
つまり、家族信託は税金対策としては利用できない制度になっているのです。
また、家族信託で収入が入った場合に税務申告の必要があります。
自身の事業の収入とは別に「信託計算書」と「信託計算書合計表」という書類で申告する必要があり、手間がかかってしまいます。
受託者は、家族信託における数々の欠点を理解した上で契約を交わす必要があり、信託や税務に詳しくないものが受託者となるとトラブルが発生する可能性が高くなってしまいます。
では、受託を家族ではなく専門家に依頼するとどうなるか。
確かに相続人の不公平感はなくなり、また適切な財産管理がなされるという安心感を得ることもできるのは大きなメリットです。
しかし、高額な費用が発生してしまうことは念頭においておく必要があるでしょう。
3. 家族信託に関するトラブルの典型例
では実際に、家族信託ではどんなトラブルが発生し得るのか。
その典型的な事例をご紹介します。
典型例① 遺留分の侵害
Aは、一代で会社を築き上げた経営者。Aの妻は数年前に他界し、Aもまた高齢者。3人の子供を持つ父親でもある。自身の体力はもとより経営における判断力の衰えも感じ始めている。そこで自身の3人の子供、長男B、長女C、次女Dの中から、長男Bに会社の経営と財産管理を承継し、この時家族信託の制度を利用した。
それから数年後にAが他界し相続が発生。この時CとDは、委託者及び受益者であったAと受託者Bの間で交わされた家族信託の契約書、Aの遺言書の内容をみて愕然、CとDは、Bに信託された財産が全くもらえない内容になっていることに気づいた。
CとDは、遺言書の内容からBと遺産分割の協議し持分の主張をしても埒が明かないと判断、自身の遺留分を主張し裁判所に提訴、CとDの主張は認められ、信託契約の一部を無効とする判決が下された。
遺留分とは、相続発生時に相続人が最低限主張できる財産の取り分のことを言います。
家族信託においては、委託者が信託した財産を将来誰に渡すか、誰を受託者とするかということを契約で決めておく必要があります。
家族信託は遺言と同等の効力があるので、仮に遺言書が残されてなくても、契約内容次第では財産の取り分がない相続人が出てくる可能性もあり得ます。
ただし、そのような状況であっても、相続人は遺留分を受け取る権利が保証されています。
つまり、遺留分の潜脱を目的として家族信託の制度を利用することはできず、家族信託の委託者と受託者は、遺留分に配慮した形で契約をしなければなりません。
典型例② 担保権の名義変更は金融機関の承諾が必要
Aは収益不動産であるマンションを持つ経営者。数年前に妻が他界、自身もすでに高齢者で、経営における判断能力の衰えを実感している。収益不動産であるマンションは金融機関から借り入れたお金で建設したものであり、担保権には自身が持つ他の土地を設定していた。Aは自身が将来認知症を患ってしまった場合の対策として、息子Bに自身の事業と財産を承継。その際、家族信託の制度を利用することとし、信託契約書を作成、自身を委託者及び受益者、Bを受託者に設定した。
数年後にAが他界し相続が発生、相続人はBのみであったため、そのままAの遺産をBが相続した。
ところが後日、Bの元に金融機関から連絡があった。借り入れの際の契約内容の違反行為が見られるため借り入れたお金の一括弁済を求める、といったものであった。Bは慌ててAが生前に金融機関と交わした契約書を確認、担保権が設定された名義変更には金融機関の承諾が必要であることが判明した。Bは知り合いの弁護士に相談、金融機関との話し合いに臨むことになったのであった。
信託する財産に収益不動産であるマンションが含まれることがよくあります。
仮にマンション所有者が認知症を患うなどで判断能力を失ってしまった場合、そのマンションにかかる権利が凍結され、管理や処分ができなくなってしまう恐れがあります。
そのため、事前に家族信託制度を利用し、信託契約を交わしておくことは非常に有効です。
収益不動産を建設する場合、金融機関から借り入れて担保権を設定することが一般的です。
そのため名義人が家族信託の制度を利用する場合、特に担保権が設定された不動産の名義変更等の登記の手続きには必ず金融機関の承諾が必要になります。
この手順を踏まないまま信託契約を交わすケースがよく見られます。
そうなると金融機関は名義人に借り入れの際の契約違反を主張し、借り入れの一括返済を要求する可能性が高くなります。
典型例②において、Bは金融機関との話し合いの場を設定しています。
仮に話し合いがこじれBの思惑どおりにいかなかった場合、Bは金融機関への借り入れの一括返済をせざるを得なくなります。
また、Bには相続税ものしかかってきます。
そうなるとBの取る手段は、マンションを売却しその収益で一括返済と相続税の納税するしかなくなります。
4. トラブルを防止するためのポイント
家族信託制度を利用する場合のトラブルを防止するためのポイントとは何か。
まず、大前提として家族信託という制度をよく理解しておかなくてはなりません。
もちろん突き詰めて考えれば、結局専門家に相談してトラブル防止を図ることになります。
ただ、大まかに4つのポイントを押さえておけば、後々のトラブルを防止することにつながります。
以下、4つのポイントについてお話いたします。
(1) 家族信託のメリット、デメリットを理解する
家族信託制度はそれぞれの家族の状況に応じてより柔軟に財産を守ることができますが、それゆえのデメリットもあります。
以下に、家族信託のメリット、デメリットをまとめます。
これらをよく理解した上で、家族信託の制度を利用するか否かを決定すべきでしょう。
・メリット
- 高齢者の財産を守ることができる
- 財産の活用に関する受託者の裁量が後見人よりも広い
- 財産ごとに管理者を変えることができる
- 遺言では実現できない相続が可能になる
- 事業承継を行いやすい
- 受託者に高額の報酬を払う必要がない
・デメリット
- 状況次第では成年後見や遺言が適しているケースがある
- 安心して任せられる受託者の見極めが困難である
- 節税効果はほとんどない
- 受託者は新たに信託専用の口座を開設しなくてはならない
(2) 家族信託が適する状況を理解する
実際にどんな人、どんな家庭が家族信託を利用すべきか、ということを以下にまとめました。
これらを参考に家族信託を利用するか否かを判断しても良いでしょう。
- 財産を所持しているが、認知症などで財産管理能力が低下する恐れがある方
- 相続財産の配分を自由に決めたい方
- 財産の中で不動産が占める割合が多い方
- 委託者が亡くなったあとに遺された人の生活が心配な方
(3) 家族信託を利用する場合の流れを理解する
ここでは家族信託契約書の作成の手順についてお話いたします。
- 家族信託を利用する目的を明確にする
- 受託者や受益者を誰にするのか、を明確にする
- 信託する財産を明確にする
- これらを踏まえて、信託契約書の作成を専門家に依頼する
1〜3までを決める際にも専門家の意見を聞いても良いでしょう。
また、契約書の作成を専門家に依頼する方が良い理由は、後々に発生する可能性がある不測の事態に対応できる契約書にするためです。
家族信託は柔軟な取り決めができる制度であり、それだけに契約書はしっかり作成しておきましょう。
具体的には、契約書作成にあたり弁護士を交えて内容を精査し、最終的に公証役場に契約書の作成を依頼して公正証書としておくと良いでしょう。
5. トラブルを回避するための相談先
家族信託制度を利用する際の相談先は、弁護士や司法書士、行政書士のような方の専門家、もしくは役所の該当部署が適当です。
ただし家族信託は出来て間もない制度であるため、家族信託について詳しい専門家は限定されてしまいます。
ネットや口コミ、知り合いを頼って安心して家族信託の相談ができる専門家を見極める必要があります。
なお相談は必ずしも当事者が事務所に行く必要はなく、委託を受けた代理人であっても問題ありません。
6. まとめ
高齢となり、病気により自身の財産管理能力を喪失する可能性のある親、その親の財産を適切に管理し監督することは、子の道義的な義務といってもいいかもしれません。
かつてその義務を法が後見人制度という形でサポートしていました。
しかし、家族のあり方が多様化し、成年後見人制度だけではサポートしきれない状況が増えています。
そうして家族信託という制度が誕生したのです。
とはいえ、決して万能で完璧な制度ではありません。
歴史も浅く、これから見直されていくであろう制度であることは間違いありません。
そのため、それを利用する私たちも制度をより深く理解して適切に利用しなければならないのです。
親が持つ財産は名義こそ親ではなりますが、家族共有の大切な財産でもあります。
それを適切に管理、監督することが家族間の争いやトラブルを防ぐため、外敵から財産を守るために大いに役立つはずなのです。